売り子さん

エクアドルのバスの中。ターミナルや大きめのバス停に泊まると必ずやってくる売り子の人たち。

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いきなり乗ってきてペラペラ喋って、挨拶して、いきなりチョコや飴の小さい袋を一人一人手渡ししてきます。はじめて乗った時は手に取ったらマストで買わなきゃいけなくなるのかとビクビクし、でもだいたいのエクアドル人がまずは受けっているのでたぶん大丈夫かなと、おそるおそる受け取った記憶があります。渡されるときに、売り子の人は「買わなくて大丈夫だよ~」みたいなことを言っていたのですが、最初はそれすらも聞き取れていなかったので、ほんとにおそるおそる受け取ったのを覚えています。そして渡した後にもまた少しペラペラ喋る。ここでの喋りはお菓子の広告や、これからのバスの旅のお供に必要だよと、売り文句を調子よく喋り、また一人一人回収もしくはお会計。喋りの中にはもちろん広報だけの人、ただ仕事としてやっていて、お水やアイス、軽食やフルーツなどを売ってる人、キーホルダーのようなお土産類を売る人、特産物を作って売りに来る人、中にはほんとに貧しいからという理由、安定した仕事がない、コロンビアなどの近隣諸国から来て仕事がないけどお金が必要だとか、家族が重い病気で…とかそういう状況を述べる人(どこまで本当かわからないけど。)、障がい者でここでの収入を生計にしている人などもいます。だいたい売るものは50セントから1ドルほどのもの。中にはさらなるまとめ買いを売り出し文句にしている人もいますが、通常はだいたい1ドルまで。

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日本だったらなかなか買わないんじゃないかなとか思うけど、ここでは見てるとけっこうみんな買ったりしています。キリスト教の関係からか、やはりみんなこういうところは慈愛の精神が強く、貧しい環境の人や貧しいけど家族が重い病気で治療費が必要みたいな場合はいつもより買う人も多く、そういう気持ちを込めて買ったりもしているのか、あとはみんなお金ないない言う割には「財布のひもを締める」ということはしないので、少し欲しいと思ったらすぐ買ってるという基本的なエクアドル人の性格も見られます。

バスの中にいきなりガンガン入ってきて、スペイン語でワーワー喋って、いきなり手渡し、そしてそそくさと回収し去っていく、この光景は日本では絶対に見れません。

まだエクアドルに慣れないころ、特に任地着任前のクエンカでの語学学校滞在中の1ヵ月間はなかなかエクアドルのすべてのことに慣れるのに疲れていて、そんな中初めて乗った長距離バスでこの売り子文化を目の当たりにしたとき、何も聞き取れないスペイン語でワーワー喋ってきて、いきなり問答無用で渡してきて、さらにどっと疲れが増した、というかほんとにこの国でやっていけるのかと不安になった思い出があります。

これまで私は、ほんとうにお腹が空いて死にそうだったときと、中学生くらいの男の子が学校に行かずに働いていると言って売りに来てくれて、その子の喋りは静かで丁寧で聞きやすかったので買おうかなと思い買ったケースなど、何回か買ったことがあります。

あとは私は買わなかったけど、前にクエンヵに行ったときにそこから出るバスで一度、ほんとうに芸人のように喋りだけでガンガン笑いを取り、乗客と会話するように話しながらやっている人がいて、「こういう人もいるんだな~」と感心したことがあります。やはりその人の売り上げは多く、多くの乗客が買っていたように思います。後にも先にもここまでこの売り子さんが短時間、数分の中でバスの中の空気を作って彼のテンポに乗客を持ち込んで、そしてちゃんとそれが売り高につながっているんだろうなと感じれたのは、今のところこの人だけです。きっとその人もそういうのが好きなんだろうとも思いますが。

今は通常の売り子さんからで、手にするのもめんどくさいときとかは、いらないよって初めから断ったりもしています。断ると無理に渡してきたりはしないのでそこはありがたい。

どんなことも仕事になると、そういうのが感じられる光景。

見てるとほんとにおもしろい習慣がたくさんある。日本では絶対にできない、絶対に馴染まない、いろいろな習慣が。

 

ここ最近はほんとに雨ばっかりで、任地のまわりでは土砂崩れのニュースが多いです。ロハサモラ間が通行止めになったりもしています。先週ロハに出るときにCPの車に乗せてもらいロハに出たときはいつも通る幹線道路がバス以外は通行止め、代わりに主に以前使われていた古い道を通ることになり、プラスで時間もかかり、道もガタガタの山道のところを2時間ほど走りました。帰りに任地に戻るときはバスだったのでふつうの道を通りましたが、崖崩れを修復する作業が行われていて、そのとなりを止まりながら通るのも少しハラハラしました。

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いつもより増水中。

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また、任地では先々週、土砂崩れにより山沿いに建っていた家が飲み込まれてしまい、家の中にいた男の子が亡くなってしまったという悲しいニュースもありました。市役所から歩いて行ける近い場所、同僚とも訪問したことがある一帯。衝撃的なニュースでした。

 

今月は学校はテスト週間。そのあとは1週間ほど子どもたちはお休み。そして地域のお祭り、カルナバルがやってきます。ということで先週と今週はやろうと思っていた授業も少し延期になったり、いろいろ予定が変わる、無くなるということが多かった。まぁもともとこちらでは、予定は「未定」です。

他にはうまくいけば、3月末くらいから少し動きだしそうな計画をオルランドと立てたり、同僚に手伝ってもらい、その話を関係者にしに行ってみたり。どうなるかわからないので期待はせずに、でも少しでも形になればいいなと思います。

先週末にはZaruma(サルマ)という街に行きました。ここはロハ県のとなり、エル オロ県というところです。El oroと書いて、「エル オロ」と読み、意味は「金」という意味。

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この名前から由来しているように、この県にある今回いったサルマという街も以前は金採掘がすごく盛んな街だったそうです。やはり少し経済的に潤っているかんじもしました。海側の街にも少し近いので、そちらのほうへ抜ける人たち、そちらから来る人達でにぎわう、そんな雰囲気がしました。気候はコスタ気候なので、日差しも強く暑かったです。コスタ方面へのアクセスはまぁまぁありそうでしたが、ロハから来るバスの本数は少なく、行って帰ってのトンボ帰りになってしまったけど、おもしろかったです。サルマに行くためには、ポルトベロ(Potrovero)という街まで行き、そこからタクシーで15分ほど。

ここが経由地点のポルトベロ。

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今回のバス。

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そしてサルマに到着。

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サルマの教会。

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これまで行った金が採掘される街はだいたい山の斜面に街が広がっている、そんなイメージ。坂の街並みがきれい。

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ロハから4時間ほど。でも道はガタガタのデスロードでしたが、無事に行って帰ってこられてよかった。

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経由地ポルトベロに行くまでに止まった小さな集落。ここもまだロハ県カタマヨ市の一部。

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こちらは良い天気でバスからの景色はきれいでした。

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カタマヨ市に住む同期。彼女とは一番任地が近い同期メンバーとして、いつもたくさん助けてもらい、たくさん一緒にエクアドルのいろいろなところへ出掛けました。そんな彼女は現職でのボランティア参加ということで同期として同じ訓練を受け、同じ日に日本を出発しましたが、私より4か月早い来月帰国し、すぐに元の職場で働きます。あと1ヵ月ほど、任地こそ異なりますが、もう少し一緒にエクアドル南部生活を共にします。

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帰りに彼女の任地カタマヨで飲んだ「agua de coco」(ココナッツの実の中のジュース)。通称「Pipa」。甘くなく、すっきりする味。この実を街のお店で冷やしてくれていて、それを買って飲むというスタイル。

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街の小さなお店には防犯でこういう檻がついているお店も南米には多い。好きに中を見られないし、本当に欲しいものを手に取って見てゆっくり考えることができないのでたまに不自由。でもふつうに出入りできるお店もあります。

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今週末は任地のお祭りにあわせて、日本人が何人か任地に集まってくれそうな予感です。たのしみ。

政治っぽい話

先週くらいから雨季が本格化しており、涼しいだけではなく、雨がザーザー。

昼間も夜も明け方も。特に夜から明け方の雨が強い気がします。任地のまわりでは土砂崩れも起こり、道がふさがれている様子もSNSを通して情報があがってきたりしている今日この頃です。ここまで雨季が本格的じゃないときは、雨が降ってもすぐ晴れて太陽が出たりもするのですが、雨が止んでも基本曇っています。

市役所の事務所から。雨が激しく降っています。

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任地の川の向こう側、少し高台になっている地域からの眺め。その名も「barrio visto hermosa」。「きれいな景色」という名前が付けられた地域。市役所からタクシーで5分くらい。前に部署にいた同僚が住んでいます。

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さて2月に入り解禁されたもの、それは「公の選挙活動」。3月中旬ころの全国統一選挙に向けた活動。エクアドル全土であります。今回の選挙は地方自治体で、各県の県知事と県内のそれぞれの市長です。私の任地で言うと、サモラ・チンチペ県の県知事選とヤンササ市の市長選になります。

各知事、市長の任期は通常5年で、現知事、現市長たちの任期は2014~2019年でした。そしてこの3月に選挙が行われ、その後いろいろな手続きを踏むのか、正式に5月から着任、新たな任期が始まります。

ということで今回はせっかくの5年に1度の機会にエクアドルにいるので、この選挙活動の様子を書こうと思います。なかなか細かいところまで理解しきれていない部分もありますが。

各候補はエクアドルにもある政党のようなところから出馬します。候補者は各県知事候補、各市長候補がそれぞれ同じ政党グループからセットで立候補しているようです。知事と市長が別の政党同士で当選してしまう(ねじれ国会的なイメージ?)こともあることもあるらしいけど、ほぼないのではないかなと思われます。そしてそれぞれの市長候補は自分の右腕になるような人々、市役所の中では「consejal」と呼ばれますが、日本語に直訳すると「評議員」となります。市長に近い存在の人で市民から直接いろいろな相談を受けたりもする、いわば市長と市民の橋渡しができる立場の人で、何かと形式を重視するエクアドルで市長のポストを形式づくる人。でもうちの市役所では市長が市役所にいる日は市民も自由に市長と直接市長室で会って相談することができ、たくさんの市民たちが市長室の待合室で順番待ちをしている様子も見受けられます。

この評議員という人についてもう少し説明すると、任地ヤンササ市には中心部と2つの農村地域を統括しており、それぞれChicaña、Los Encuentrosという名前のこの2つの農村地域にもある程度独立した村役場のようなものがあり、そこで日々地域の統括業務を行っています。この評議員と呼ばれる人たちは、ヤンササ市の中心部からだけではなく、この農村地域から選出しなければいけなかったりもするようです。現に今の市長は5人の評議員たちを抱えていますが、5人のうち2人が市内中心部、1人がChicañaという1つの農村地域、あとの2人がLos Encuentrosというもうひとつの農村地域から選出されています。なぜだかこの評議員のオフィスは私の部署の向かい側にあるので、私は評議員さんたちとは全員仲良くなって、適当だけどみんな楽しくていい人たちです。数人が日本語で挨拶してくれます。農村地域から選出された2人の評議員さんと。

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コネや人脈が大切にされるここでは、きっとそれぞれの地域に住む住民が一番に相談できる身近な存在を置いておけるよう、それぞれの地域からも選出しているという意図を感じます。ということで市長候補は、この評議員候補に値する人も選出し、擁立して共に選挙戦を戦います。なので日本のそれより団体戦感覚が強い気もします。というか日本の政治家が話しているような「派閥」「〇〇グループ」という話がここでは選挙活動を通して市民にまで浸透しています。それだけコミュニティが小さいということ、あとは当選したときの利益が彼ら市民にも直接的に関わるので自然と力が入るのでしょうか。直接的な利益が関わるというのは一番は働き口。例えば市役所で働く中で長期雇用とされていない人は、市長が変われば、その派閥に一気にすべて一新されます。自分を雇ってくれた今の市長を応援するという人が市役所内には多いけど、それでもいろいろな経緯やツテがあるのか、市役所の中でも現市長とは別の派閥を支持している人もいます。中でも本格的に他の派閥の一員として選挙活動を行う場合は、いったん市役所の職から離れていった人もいます。仕事といえばもっともな理由、まぁ白いといえば白い理由と思ったりもしますが、でも本当の実力や努力が実らない、そんな構造にもつながっている気もします。前市長時代に実力もあって、めちゃくちゃがんばってても新市長になったら登用されず、がんばらなくても結局は人脈とコネが左右したりもします。きっと他の部分では黒いやり取りももしかすると行われている可能性もあるのではと私は思っています。「支持してもらうかわりに、当選したら〇〇するよ」みたいなやつとかお金とか。日本では国の政治家ベースでしか発生しないそんなやり取りも、市民と近いところで市民も交えて横行してしまうのもここの特徴なのかもしれません。

(書いたようにそもそものコミュニティが小さい、狭い、候補者が近い存在という環境的な部分とやはりまだまだ貧しさからくる目の前の利益の優先という経済的な部分、そして自分たちの利害が関わると規律とか忘れる、悪いことを悪いと思わない、そんなエクアドル人の性格の一部分?もあるかもしれません。語弊がないように補足しますが、もちろん全員ではないし、特に経済面と性格面ではエクアドル全員ではありません。経済的には裕福な人もいます。でも日本人のような道徳心を育てるのはなかなかむずかしいように思います。これは国自体の教育の話。)

 

では、話を戻して、現在任地における市長候補者は私が認識しているだけで、4人=4グループです。エクアドル第一の都市グアヤキルでは候補者が20人いるとかなんとか、きのうニュースで言ってました。

それぞれのグループは彼らの党を象徴するカラーを持っているので、色で紹介していきます。

  1. 「グループ赤」
  2. 「グループ白」
  3. 「グループレインボー」
  4. 「もうひとつのグループ白」

となっています。

まず①の「グループ赤」。

市長候補のお名前は「Manuel Valdivieso」(マヌエル バルディビエソさん)。

この赤いシャツの人。

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この人は任地にある学校の先生。ステイ先の娘の旦那さんは前市長さんで、彼も応援しているグループです。余談だけど、彼が市長時代にはじめて最終処分場を作るというプロジェクトが入り、作られました。それまではみんな川にすべて捨ててたらしい。うそでしょ…。でもそういう習慣化された中で、このままじゃだめだと、実際にスイスNGOの援助を受けながら、最終処分場が任地に作られました。こういうところからもこの前市長さん、私のステイ先の義理の息子さんにあたりますが、任地にまだまだ当時足りなかったインフラ整備を推し進めていたのかなという私のイメージ。

このマヌエルさんも本職はこの学校の先生です。ステイ先の家族たちはこのマヌエル候補者に高校時代習っていた人もいるし、何よりも前市長として働いていた娘の旦那さんの派閥ということもあり、この「グループ赤」を支持しているかんじがひしひしと伝わってきます。部署に新たに来たディエゴも彼を支持しているとのこと。高校の先生の資格を持っているディエゴも、学校関係の何かを通して彼の考えに共感したみたいなかんじのことを言っていました。やはり学校機関、教育というのは人々に大きな影響を与える可能性を秘めた大事な分野ということを実感します。エクアドルに来てから「教育」についてこんなにいろいろ考えたり感じたりすることになるとは思いもしませんでした。

ちなみに私は市長立候補者マヌエルさんとは面識はありません。

グループの標語は「Mi proyecto eres tu.」(「私のプロジェクト、それはあなた。」)シャツの色は赤。f:id:reikomiyahara:20190206040656j:plain

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みんな赤色です。聴衆の前に座っているのが、市長立候補者や評議員候補者、その他有力支持者です。

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そして②の「グループ白」。市長候補のお名前は「Maria Lalangui Cabrera」(マリア ラランギ カブレラさん)。そう、マリアという名前からも察するように女性候補です。初の女性候補者、もちろんもし彼女が当選したら初の女性市長の誕生です。

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このグループは現市長の派閥からの立候補です。ということで現市長の派閥ということはこれまでも市役所で働いていました。所属は「obras publicas」という部署。これは「公共事業部」。エクアドルの市役所の中ではこの公共事業部の権力は相当なもので、まぁきっとまだまだ開発されていくところが盛りだくさんだから、自然と彼らの仕事が多く、いろいろな資材も持てる、大きな予算も持てるということから権力が強くなるのだとも思いますが、需要がたくさん、とにかく重要ポイントとなる部署。前から私は勝手に「やり手」感を感じていたけど、話すと私に気を遣ってくれるのか柔らかいかんじで、何度か会話したこともありました。彼女は私の着任時からこの公共事業部の長として、ヤンササのインフラ事業をマネジメントしていました。任地で日本大使館の草の根支援を受けた橋のプロジェクトにも主要人物として関わっていたようだし、そういうこともあってか、まぁいろいろ経験豊富で見識もたくさん持っているからか、はたまたこうなる市長選も見据えていたのか、それはわからないけど、私に対してもとても親切ですし、会うと丁寧に挨拶してくれます。ということで私も彼女とは面識がある。3ヵ月ほど前に任地で環境教育部会を開催し、はじめにみんなで市長挨拶に行きましたが、この場にも彼女は来てくれて、今の市長が彼女の存在の大切さを私たちに語っていました。市役所における公共事業部のマネジメントがいかに鍵を握るかも、このときの話からなんとなく感じ取られました。現在は前から比べると少し生活の基盤的な事業がある程度進んだということなのか、今の市長は観光開発という観点から街の繁栄を狙っている気がします。人々が集まれるスポットや滝の遊歩道を整備したりなど。

 

こんな風に車を使っての行進による選挙活動も。この行進では車はクラクションを鳴らしまくる。きのうは夜中にクラクション行進してました。ここでは騒音という概念がないのでしょうがないけど、けっこううるさい。

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選挙活動の会合ではそれぞれいろいろなコミュニティを回ります。中心部から農村部まで。

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これは若者グループの票を集めるためなのか、この政党を支持している若者たち向けのイベント。こういうプログラム内容を見るとほんとに普段出さない試行錯誤力というか、いろいろなアイディアが出されているなと感じます。

そして先に書いた評議員候補のひとりとしてマリアが擁立したのは、同様にこの公共事業部でこれまでも彼女の右腕として働いていた同僚でした。

このグループ名は「creo」。ということで今の市長もcreo党の人。Creoとは「信じる」という動詞の一人称形。標語は「Yo creo en ti Maria.」(「私はマリア、あなたを信じる。」という意味。)です。シャツの色は白。

 

そして3つめ。「グループレインボー」。

このグループはエクアドル全体でもインディヘナ民族が主に支持しているグループです。任地でもこのグループがひとつの勢力になっています。

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マフラーにレインボーのストールを使うのがこのグループの象徴。グループ名は「Pachakti」と書き、「パチャクティ」と読む、おそらくインディヘナ民族の言葉です。そして標語は「Yantzaza, es de trabajo.」(ヤンササ、仕事から。)まぁ訳は直接的すぎますが、たぶん仕事からすべてが始まるとかそんなイメージだとは思います。

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他の同期が住む山岳インディヘナが多く住む街に遊びに行ったら、このパチャクティのレインボー看板を多く見かけました。さすがインディヘナが多い街。

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私の任地にもサラグロという街を起源とする山岳インディヘナ「サラグロ族」やオリエンテ地域を起源とするインディヘナ「シュワル族」がいるので、彼らの支持を集めていくのだと思われます。市長候補者とは私は面識がありません、最近開設された街の集会所オフィスにはよくいるのを見かけるけど。

 

そして「もうひとつの白グループ」。

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このグループは他の3つからすると少し勢いですでに負けてしまっている気がしますが、少ないながらもがんばっている気もします。でも市民からは「負けるのわかってるのに…」という少しネガティブな意見も聞きます。このグループの市長候補として立候補しているのは私の任地着任時に市長の調整役で一番市長に近い人物として働いていました。なので私も面識があります。

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今でも道ですれ違うと名前を呼んでくれます。実際は少し擁立しているメンバーも少ないように感じますが、それでもきっと最後まで戦い抜くのだと思います。

他の街でもこのグループ名の看板「Libertad es pueblo.」(「人々は自由だ」みたいなかんじ)は目にします。こちらもイメージカラーは白。

というのが現在の任地で選挙戦の中心となっている人々。

最近では街のところどころにそれぞれのグループの拠点となる事務所ができています。顔写真入りの看板を掲げたり、そういうかんじは少し日本にもあるような気もしますが、やはり市民の巻き込み力がはんぱない。熱くなる市民もやはりラテンの血なのでしょうか。

そして車。広報グッズの一つにあるのがシール。みんな車のフロントガラスやうしろのところに支持する立候補者のシールを貼ってアピール。

こんなかんじ。

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任地に着いたときは、まだ何もわからずに「なんで自分の名前を車に貼ってるのか意味わからん。そこまで自分の車だと主張したいのか、はたまた盗難防止か…」なんていろいろな想像がふくらんでましたが、選挙活動の一環でした。これは広報のためが一番な気もするけど、「この家は〇〇の派閥でこっちは●●」とわかりやすくなってしまい、それはそれでめんどくさそうだなと私は思いますが、エクアドル人は貼るのがふつう。

これは市役所のマーク。Yantzaza市がオリエンテのインディヘナ民族「シュワル族」の言葉で「蛍の谷」という意味を表す言葉であることから、任地の象徴は「蛍」。それを象ったマーク。

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中には、それぞれの市長の任期を印刷しているものもあって、そういうものは任期終了後残っていても使えません。もったいない。

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これは3R広報用の巾着リュック。学校で何か授業をしたあとに賞品であげようとかカウンターパートが言うから、前市長の任期入ってるけど、いいんだよね?と一応確認すると「あ、だめだ…」とのこと。使えるのにもったいない。結局全然3Rできてない。

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土日に、ある家の周りに同じ候補者のシールを貼った車がたくさん止まっているのとか見ると、一目瞭然。ここであの候補者の会合が開かれると。なんだかその光景はびっくりしてしまいましたが、これまで日本で私に身近じゃなかっただけで、日本の選挙活動もそういうところもあるのかな。どうなんだろう。でもここでは宗教信仰がふつうな分、人々の信仰心の強さとか、そういう自分が支持するものを積極的に表現するとか、そういう雰囲気もここまで選挙戦に熱くなることに通じているのかなとも思います。日本の選挙よりはやはりすべてが身近です。

もちろん全面的に支持者をオープンにしている人もいるし、中には迷っているのか、はたまた隠しているのかそんなかんじの人もいます。

たまに「Reikoは誰を応援するの?」と聞かれることもありますが(冗談半分だとは思う)、そもそも選挙権もないし、市役所配属ですが、市役所からお給料をもらっている訳でもないので、いつも「No soy parte de nadie.」(私は誰にも属してないよ。)と私も冗談半分で返します。

今回載せている選挙関連の写真はSNS上にアップされていたものを引用しました。

投票まであと1ヵ月と数週間。果たして結果はどうなるのかな~、また報告します。

「もう一人の同僚」

さてさて、もう2019年の12分の1が終わろうとしています。1ヵ月は早いなぁ。

2月末には市のお祭りがやってくるということで少しずつイベント企画中といった雰囲気が感じられます。これはそれぞれの町内会ごとにミスを選出し、最終的に全体のお祭りで市のミスを決定するという催しの一環。

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先日家族の畑に付いて行って唐辛子を収穫し、キムチを作ってみました。もちろん日本で売っているキムチのようにはならないけれど、辛みの浅漬けみたいになって、私のごはんにバリエーションが加わりました。

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畑に咲くお花や成っているフルーツたち。

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畑の前の道路。家からバスで15分ほのところ。

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最近のオフスについて。この前の記事で、オフィス内の人事変更について記載しました。まずは上司のオルランド。秘書のパオラ。そして「もう一人の同僚」になったディエゴ。

他の市役所配属のみんなは、街の規模が大きければ大きいほど、部署の人数も増えるので関わる人数も増えますが、私の任地は大きくないので、常駐者は私以外で3人。もちろん常駐者以外で関わる同僚、市役所内で挨拶を交わす同僚もたくさんいますが、実際に部署で私の活動に関わってくるのはこの3人。

そして必然的に活動で関わる人となるのは上司か「もう一人の同僚」。秘書の女性はオフィス内では何かを話したり、いろいろ質問し合ったりしますが、基本は外に出ることはないので、活動そのもので関わることはありません。でも現在いる秘書の女性、パオラはとっても親切でやさしい女性、私より年下だけどしっかりしてて、すてきな女性です。

この前私がキトに行っている間に舞い込んだ学校からの環境教育授業の依頼。私は参加できなかったけど、これまで私がやってきたごみの分別ゲームをオルランドに見せて私はこれまでこんなかんじでやってきたと話したら、「やりたい」と賛同してくれ、私の自作のゲームアイテムを貸していた件。キトから帰ってきて、半分期待せずに「どうだった?やってくれた?」って聞いたら、「やったよ」といううれしい答えが。彼ら自身手ごたえも感じてくれた反応でした。よかったよかった。こういうゲームを使った手法もあるとオルランドの頭の片隅に残ればいいなと思います。

オルランドは以前のとおり、私の言う意見をいろいろ聞いてくれたりもするし、その点では引き続きありがたいです。でも何か講習会や学校で授業をするとなると基本あまり同行はしてくれないので、私が学校に行くときに同行してくれる人物、必然的には部署内のこの「もう一人の同僚」になりますが、このポストに入る人物が私にとっては肝となる人物。これまで2人、このポストには入っており、今いる同僚ディエゴは3人目です。1人目はエドウィン(男性)、2人目はアンドレア(女性)、そして今働いているディェゴ(男性)。1人目のエドウィンとは約10か月働き、そしてアンドレアとは約4か月働きました。学校での授業はエドウィンと始めましたが、彼も私のパートを尊重してくれたりとか、いろいろ手伝ってくれたりもしたし、私が来てすぐの頃やオフィスにいたくなかったときには彼の巡回に連れ出してくれたりもしました。年齢も同じくらいで、基本的には気の良い人物でしたし、親切にしてくれた印象も強いですが、最後のほうは金銭面などの問題が垣間見れたりもして、信頼をおけるかというとそうではなかった気もします。でも私の活動を進めるうえでは手伝ってくれたことに他ならないのでいろいろ感謝はしています。

エドウィン

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そしてアンドレア。彼女とはそもそも一緒に過ごす時間が少なかったのもあり、あまり学校での授業を一緒にはできませんでした。もちろん私が「付いてきてほしい」と強く言えば付いてきてくれて手伝ってくれたけど、「Reikoも私の仕事を手伝ってくれているから、私もReikoの活動をこうして手伝う」というようなニュアンスで捉えていて、私との協働を自分の仕事とは捉えていなかったかんじだったので、私もそこまで強くは言わず、私が1人でできる範囲内で学校には行ってきました。人物面ではいろいろ私を気にかけてくれたこともあったし、仕事以外の話もしたり、この前街で会ったら手を振ってくれて、私もとても懐かしく感じました。

アンドレア。

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そして3人目。今一緒に働くディエゴ。彼は2年前に大学を卒業し、高校の先生の免許を持っているらしい。初めこそ少しスカしたかんじでしたが、ちゃんと話すようになってから、今のところ、このディエゴが一番私との活動を前向きに楽しんでくれているかんじがします。アニメが好きらしく、それで日本にけっこう興味があるのもあってか、日本語にも関心大。一番うれしかったのは、「アンドレア(←彼にとっては前任者にあたる)も君の学校の授業に付いて行ってた?」と向こうから聞かれました。個人的には仕事が増えると思われるだろうな…と思ったりもしたけど、私が「アンドレアも行ってたよ、できればあなたにも付いてきてほしい、私のスペイン語の手伝いをしてほしい。」と答えると、「もちろんだよ!」と予想とは裏腹にそこからはかなり乗り気な答えが返ってきて、アンドレアのときは最小限に留めていた一緒に回る授業の回数を増やしました。そして彼もいるからこそできることもやることにしました。

ディエゴ。

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エドウィンアンドレアも本当だったら必要ないけど、手伝いが必要だと言うから付いて行く、自分の仕事に対するプラスαの仕事という捉え方が強かった気もしますが、今のところ、このディエゴは「これも自分の仕事である」と捉えてくれています。授業の日の前には「明日はどんなかんじでやるか」とかを話し合う時間を作ったりもして、エクアドル人にほぼない「計画性」ももしかすると少しだけ持っている気がします。少しだけ。「日本語勉強したい」と口だけになる人も多い中、日本語もかなり積極的に覚えてくれようとしていて、「おはよう」「はい」「いいえ」と数字は私に日本語で返そうとしてくれます。

水がどうやって汚れていくかを見る授業。

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ということで、また新たな、そしてもしかすると協力的な同僚ができたかもしれません。任期が終わるまで彼と協働できればいいけど、果たしてどうなるのかな~。

授業の途中で、国の健康管理局のような部門の人たちによる巡回注射がお知らせなしにいきなり入ってきて授業中断。これもエクアドル流。この日は一学年の女子のみ。

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そしてサロメへの日本語クラス。引き続き継続中です。思ったより続いているから、けっこうすごいです。たぶんノートを見返しているのか、私がすっかり忘れていると思って、「あの単語なんだっけ~?」と聞くと、意外と返ってくる単語もあって、びっくり!サロメに浴衣を着てもらって、その家族と。とても喜んでくれました。

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サロメが私の誕生日に作ってくれたカード。

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遅くなると、いつも夕食を出してくれる。この日はエンパナーダ・デ・ベルデという一般的な軽食。緑色のバナナを茹でてすりつぶして生地にして、チーズを入れて包んで揚げたもの。

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山の民に出会う旅

今月あたまに先輩隊員の最終報告会がありました。この隊次の先輩たちとは隊次が近かった分、首都から遠い私でもなにかと一緒に過ごす機会があったし、いろいろと本当にお世話になりました。また日本で会えますように。

JICA事務所で報告会後の打ち上げ。

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最後にみんなで首都の隊員連絡所で。日本へ行ってらっしゃいの前。夜中。f:id:reikomiyahara:20190126061726j:plain

この最終報告会への出席は義務ではありません。義務ではないので自費で上京。飛行機にすると高くなるので、思い切ってバスで行くことに。南から北へバスで14時間ほど。遠かった。そしてせっかく長い道のりをかけて首都へ来たので、この機会を利用して、他の同期の環境教育隊員の任地を訪れることに。観光地ももちろんいいけど、私は観光地化されていない隊員がいる小さい街に行くほうがなんとなく好きです。

ざっと今回の道のりはこんかかんじでした。

青が任地からキトまでオリエンテを抜ける往路、オレンジが同期の任地を寄りながらの山間部を通った復路。

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今回キトから南下しながら訪れた街は3つ。現在8名いるエクアドルの環境教育隊員のうち、山の地域に3名の環境教育隊員がそれぞれの街の市役所で活動しながら住んでいます。

これらの街に行くにはどれも、エクアドル中央山間部のハブになるような「リオバンバ(Riobamba)」という大きな街を通ります。ここもロハのように都会です。ちなみに首都キトからリオバンバまではバスで4時間ほど。

最初はグアモテという街。ここはハブの街リオバンバから1時間。

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ここにも観光用の列車が走るけど月に何回とか、いつ来るかとかはずっと住んでる同期でも把握不可能。

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最近できたという展望台からの眺め。

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グアモテはエクアドルの中でも標高がとても高い地域、街の中心部でも3100~3200メートルあるという、私では絶対に適応できなかったであろう街。インディヘナの割合がほとんどを占めます。市役所に並ぶ市民もインディヘナが多い。

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この街では毎週木曜日に大きなferia(市場)が開かれるということで、木曜日に合わせて訪問。ふだん静かなグアモテも木曜日だけは活気づくという同期の言うとおり、たくさんの人でした。山間部なだけあり、売られているものも様々。動物もたくさん。

動物市。

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ここで一応買い取りされる動物の履歴をつけているけど、何を買うかは買う方が言うだけでいいみたいなので、たぶんいろいろめちゃくちゃ、お金もちゃんとしたお金を取れているのかは不明。標高3000メートルの街は寒い。夜はもっと寒い。ここでこのグアモテ隊員の同期は洗濯機なしの手洗い洗濯、誰か洗濯機がある隊員の街、もしくはキトにあがるタイミングを有効活用しなくてはならないという洗濯生活を送っています。ちなみに私を含めて9人いる同期隊員の中で洗濯機なし生活を送るのは、このグアモテ隊員ともう1人の2人。そしてグアモテの大変なところ。それは言葉。インディヘナが大半を占めるこの街はスペイン語と同じくらい(むしろそれ以上?)山間インディヘナの現地語「ケチュア語」を習得しなければなりません。そしてほぼ辞書なし。聞き取りと書き取りだけでボキャブラリーを増やしていっています。すごいなぁ。グアモテはインディヘナの街であるのと、小さい街ということも合わさってか、少し閉鎖的なかんじがしました。私たちが通ると「China, Chinita...」(中国人だ、アジア人だ…)とコソコソと話すかんじ、もちろん他の街でもあるけど、とりわけこういう雰囲気が強かったように思います。

f:id:reikomiyahara:20190125074641j:plainそして約1日後、もうひとつの街へ移動。

バスで一度グアモテからリオバンバへ戻り、そこから別の方面にバスで2時間。エクアドルを象徴する日本の富士山的存在である「チンボラソ山」の麓を通ります。

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残念ながら雨季のため、曇っていて山は見れず。そして着く街はグアランダという街。ここは県庁が置かれる県都になっていたり、日本のボランティアだけでなく、韓国やドイツのボランティアなども入る大きな街。

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少しおしゃれなカフェもある。グアランダには同期の環境教育隊員と最近さらに2人、他の職種でも到着しており、夜にはみんなで集まってゲームができるボランティアコミュニティも成長中の街でした。

ここで活動を行う同期の環境隊員は、日々学童でたくさんの授業をしています。彼女のモットーは「道徳の授業」。「人を大切にできない人は自然も大切にできない」という、みんなが共感する納得のすてきな方針です。

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到着した日は彼女の学童での授業をお手伝い&見学。

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翌日はグアランダに近くのもうひとりの環境隊員が住む街サン・ホセ・デ・チンボという街を少し見学、グアランダからバスで30分ほど。

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そして他に2つの街(村というかんじの小さなコミュニティの街)を訪れました。ひとつはサリーナスというチョコレートが有名な街。

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チョコレート工場。

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そしてもうひとつはシミアトゥグというかわいいかわいい刺繍が有名な街。

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そして翌日から帰路へ。まずはグアランダからリオバンバへ2時間。リオバンバからバスでクエンカへ6時間半。クエンカからロハに5時間。安全のためと疲れがMAXだったのもあり、ロハで一泊休み、翌日任地へ無事に帰りました。

アンデスを感じながら、任地では絶対に感じられない山間部の景色、寒さなどなど、おもしろい旅でした。

エクアドルの桜

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写真は「chonta」(チョンタと読む)という果実。チョンタの季節がやってきました。スープに添えたりして、各自皮をむきながら食べる。食感は芋っぽい、少しパサパサしたかんじ。私は好きです。
 

今回は年末に見に行ったエクアドルの「Guayacan」というお花を紹介します。

「Guayacan」というお花、「グアヤカン」と読みますが、一番お花がきれいに咲き誇る時期は8日間ほどしか続かないという、エクアドルの黄色いお花。最盛期を迎える前やあとも入れると約3週間といったところな気もします。エクアドルの桜と私は呼ぶことにしました。この花が咲く場所は限られていて、おそらくエクアドルに2か所。ひとつは首都に近いほう、もう一つがとなりの県ロハ県にあります。なのでロハ県のほうは任地に近い分、人におすすめしてもらったり、いろいろなパンフレットで見たりして、見に行きたいな~と思っていました。一番近くに住む同期の同僚とかから、今年は年末にもう咲き始めているという情報を入手し、思い切ってその同期と突撃することにしました。あとはもう1人オリエンテ地域に住む先輩隊員と3人で。

ロハ県とはいえ、場所はほぼほぼペルーに近い場所。ということで遠かった。

ロハ県はエクアドルの中で最南部、けっこう大きい県です。赤い所。

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そして今回行ったお花の見所がある街は「Zapotillo」というところ。ロハ県を拡大した地図。一番左下、すぐ下からペルー。

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早朝に先輩隊員と任地で待ち合わせ、出発し、通り道である同期の任地で同期とおちあって、そこからが長旅。その同期の任地からは車で約5時間かかりました。そしてそのお花が名物となる村は上の「Zapotillo」からさらに奥に入って、「Mangahurco」(「マンガウルコ」と読む。なんだかかわいい名前。)という村。

村の手前の道。

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砂埃がすごくて、車は埃だらけに、少し窓を開けるだけで髪の毛も埃だらけ。

でも長時間かけただけあって、そこにはとってもきれいな黄色の景色が広がっていました。

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2時間ほど見て、写真を撮って、再度5時間の道のりをかけて帰ってきました。

 

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遠くの奥の方まで黄色い景色が広がるかんじがなんとも言えない感動。

f:id:reikomiyahara:20190116050206j:plainそしてこのあたりは「Chivo」(ヤギのこと)が有名。落ちた花びらを一生懸命食べていたけど、私たちはこのChivoも食べる。ここでは名物料理となっています。人間って何でも食べるな。とはいえおいしく食べました。ユカイモとサラダとごはんを添えて。

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これで5ドル。ふつうは2.5~3ドルくらいが相場のエクアドルのプレートごはん。ヤギ料理はエクアドル料理にしては高め。

1日だけだったけど、内容の濃い、またエクアドルの貴重な一面を知ることができました。ほんとに限られた時間しか見れない光景だけに、咲いているかわからない不安の中、思い切って行ってよかったです。

 

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さてさて、2019年の部署は少し人事が変わり、ふだん過ごす部署内の顔ぶれが実は一掃されました。他の隊員の配属先に比べ、うちの市役所、特に私の部署は周りの人材が変化に変化を重ねていますが、もう私も頻繁に起こる市役所の人事異動には、もうそんなに驚かなくなったし、文句を言っても何もどうもならないのでしょうがないです。これもエクアドル

私の部署には最低でも私以外に3人常駐します。1人は部署をマネジメントする上司、1人は廃棄物の管理を行う検査員、そして書類作成などを行う秘書。上司にあたる人物が私のカウンターパートですが、これまで3代目のカウンターパートを務めてくれていたホアンカルロス。彼はこれまでずっと兼任しながらうちの部署のマネジメントと、忙しく働いていたけど、兼任がはずれることになって元の部署(とはいえ、大きく見て私の部署を統括している上部部署)に戻っていきました。そして私が着任したときのカウンターパート、この人と2年間過ごすと信じて疑わなかった人物であり、これまでも環境部会やJICAの研修会などでは関わってもらってきた人物・オルランドが私の部署の上司として戻り、イコール私のカウンターパートに戻りました。4代目というのか、2期目といったところですか。うん。まぁJICAボランティアのことをいろいろ知ってくれている人なので私にとってはマイナスな変更ではないかなと思っています。いろいろな人間関係があるので、他の人にとってはよくわからないところもあるけど。そして今から約1年前に一度私に対して意地悪をしかけてきた人物、部署の秘書の女性。年齢は私の母親くらい。その女性とは昨年の今頃から実際3ヵ月ほど険悪ムードが続いていたのですが、その後何かのきっかけで態度は元に戻り、それからというもの、ふつうに、むしろ前よりもさらに仲良く接してくる日々が続いていました。私に対してはおそらくもうマイナスな感情は抱いていないと思われます。でも、その後新たに来た他の女性の同僚ともけんかしたりして、いろいろめんどくさい人物だなということになったので、ふつうに接していたけど、信頼は置いていませんでした。でもまぁ今も市役所で会うと挨拶してくれるし、親切に接してくるので、よかったということにしながら、前のことは置いておいて彼女との会話も楽しむことにしています。そして今回、この彼女もついに異動、新しく秘書の女性が来ました。きれいでとっても親切な人。それからもう1人、検査官役の男性、ごみ回収を行う部署内の同僚たちも契約が終わり、彼らも顔ぶれがほぼ一掃。少し仲良くなって、打ち解けてくると次の契約期間がきてしまうので、残念な部分もあります。部署では私の誕生日にケーキでお祝い。左が新しい秘書の女性paola。そしてオルランド。一番右の人物はたまたま休憩しにきていた道路清掃員の同僚。新しい検査官の男性はこの時まだ決まっていなかったので、今後紹介できたらそのときに。

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外国人である私にとって、オルランドとはいろいろ話がしやすいので、残りの期間を最大限生かせるように彼と協働ができればいいなと思っています。

今週後半からは半年に一度の公務があるので、キトにあがります。今週後半にある学校から環境クラスの依頼がオルランドのところに舞い込んでいましたが、残念ながら私は不在。オルランドが発表の準備をしていたけど、やはりまた一方的な講義形式でやるということだったので、私がこれまで行っていたゴミ分別ゲームのやり方を説明、素材たちを見せると、「その素材貸して。」と言われ、貸すことに。私は立ち会えないけど、私の発案したゲームを彼がやってくれそうな予感です。ふむふむ、果たしてやってくれるのでしょうか。どうかな。まぁ今回やってくれなくても、近日中にはオルランドにやっているところを見せたい。

こんな素材たち。手描きのごみのカード。

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今日行った学校は年末ぶり。子どもたちとひさしぶりに会うことができました。一人の女の子が私にくれた絵。きれいに塗られています。

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市役所の運転手さんsalomon。私を含め、うちの部署の人物をよく乗っけてくれる。

最終処分場に作られたハンモックを試す。私が写真を撮ると、「誰にも見せちゃダメだよ」と警告されたけど私のブログには載せます。

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この前は先輩隊員のお見送りに行ったついでにふだん行けない他の同期の遠い任地を回ってきました。この様子はまた次回以降に。

年越し in 任地

さてさて2019年、あけましておめでとうございます。

昨年もたくさんの人にお世話になりました。ありがとうございました。何よりも無事に2018年の1年をエクアドルで大きな病気もなく過ごすことができました。

2019年になり、任期の終わりが少しずつ見え隠れするようになってきたのかな~と思ったりもします。これまでもそれはそれでいろいろ変化があった毎日に思いますが、今年は今年でまた少し変化があるんだろうなと感じる新年の幕開けでした。

 

年末は南部の同期と先輩隊員で前から行きたかった場所に遊びに行きましたが、この様子はまた次回以降で。

ちなみに年末最終出勤日には、午後からスポーツ大会&飲み会。踊りもね。

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そして年越しはタイトルのとおり、今年は任地で過ごすことにしていたので、31日には任地に戻ってきて、夜の街全体で行われる年越しイベントに参加しました。

エクアドルの年越しで恒例行事といえば、「人形を燃やす」こと。その年の悪いことを燃やして、新年に良いことがやってくるようにという意味。この人形は買うか、手作りするかですが、売っているものも元をたどれば手で作られているので、すべて手作りと言っても過言ではなさそう。

ロハの露店で売り出しセール中の人形たち。

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手作りするときは、古着などを着せたり、そして顔は家族の顔だったり、政治家の顔だったりと様々。燃やされる訳なので、貼られる顔は何か悪い行いをした人なのかなとか勝手に思っていたけど、聞いたら別にそういう意味ではないとのことで、深い意味なく誰でも貼っていいらしい。アニメなどのキャラクターもいます。

露店では服も大売り出し。たくさんの人でにぎわっていました。なんか師走感があった。

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ちなみにもう一つ、男性が女装をするという習慣もある。正確に言うと未亡人に扮して、お金をもらいに行くというもの。出会ったら問答無用で募金しないといけないらしい。なんじゃそりゃ。

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31日はステイ先で夜ごはんを食べて、ちなみにこの夜ごはんはいつもと同じ、何も変わらない食事、変わらない様子でみんなそれぞれ好きな時間に食べてたので、私もいつもと同様自由に好きな時間に食べました。家族によっては会食したり、そんな様子も見受けられました。

それぞれ家ごとに人形を作ったり用意したりして、12時になるときに家の前で燃やします。それとは別で、それぞれの町内会ごとにも大きめの人形装飾を行っている家があり、それが見どころということなのか、夜ごはん後にみんなでそれぞれの町内会でどんな人形を作っているのかを視察。政治家と今年いよいよ本格的に始まる全国統一県知事市長選挙に関連する人物の人形が多かったように思います。

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そして視察したあとは、中央公園で集合。親戚が中央公園の向かいに住んでいるので、彼らの家の前に並べられた椅子に座り、談笑したり、まわってくるお酒を飲んだり、お菓子をあけたりして12時になるのを待つ。中央公園に設置された特設ステージでも生演奏が行われ、人々は踊ります。

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12時直前、特設ステージでは音楽演奏は終わり、マイクパフォーマンスを行っていましたが、これもなんか政治関係、選挙関係のことを話して笑いを取っていたりしましたが、私はあまり理解できず。そしていよいよみんな人形を燃やし始めます。

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そしてこの燃やされている人形の上を3回飛ぶと新年良いことがあるらしい。私も飛べ飛べと囃し立てられたので、飛んでおきました。

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新年になった瞬間は「Feliz Año」(あけましておめでとう)と言って、みんな一人ずつとハグをして無事に新年を迎えました。

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そしてまたしばらくしてから特設ステージがある中央公園の中へ。そこでステイ先の家族のそのまた親族や市役所の知り合いなどに会って、お酒を飲みながら踊って、朝の4時過ぎに解散。中央公園近くにある家に戻ってからも、外は引き続き騒がしかったです。

そして翌日1月1日。この日ゆっくり起きて、朝ごはんを食べた後、ステイ先の娘の旦那さん家族と一緒にごはんに連れて行ってもらいました。となりの街にできたお食事処に行き、そのまま少しドライブに出かけ、帰ってくるという1日。街は静かで、所々歩いている人がちらほらいるくらい。この静かな1日の様子は日本に似ている気もしました。

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こうやって、野外レストランとプールが一緒になった場所「Hosteria」が、ここでいう家族や友人たちとみんなで少し豪華な食事を食べて、休日をゆっくり過ごす憩いの場。ここは隣町だけど、任地の中にもいくつかこういうスポットがあります。

帰りに食べた「miel con queso」。チーズとはちみつを一緒に食べるというエクアドル南部独特の食べ方。甘いけどこれはこれでおいしい。

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写真撮影スポット。家族が撮ってくれた。これはエクアドル熱帯地方のインティヘナ民族「シュアル族」のおじさん。

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こちらはエクアドル山間部発祥のインディヘナ「サラグロ族」のおばさま。

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そしてエクアドルは1日のみが国民の祝日なので、2日目からは仕事も学校も通常再開。いつものように、朝礼もなんらかの新年の集会もなく、会った人個人個人と「あけましておめでとう」と挨拶を交わし、何事もなかったかのように日々が始まりました。

そんなこんなで任地で迎えた年越しも無事に終えることができました。

そして4日は誕生日ということで、お昼ごはんにステイ先の家族がお祝いしてくれました。少し豪華なごはんとケーキを用意してくれて、みんなで食べて、恒例のケーキに顔を突っ込んでもらいました。突っ込んだあとのケーキ。

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お昼ごはんから市役所に戻り、お菓子をもらったり、部署内でもケーキを食べたり。

来週、ついに一番隊次が近い先輩隊員たちの帰国報告会がキトであり、それに合わせてその報告会の傍聴とお見送りのためキトにあがりながら、まだ行ったことのない同期隊員の任地、エクアドルの山間部を見て回ったりして任地に戻る予定です。

そんなかんじで任地を少しあけるので、上司には新しい活動の提案書を提出し、添削をお願いしてきました。これもエクアドルならでは、意外と書類主義で何かアクションを起こすとなると形式ばった書類が必要。12月はガラパゴス以降、クリスマス年末年始が続き、少しだらだらして過ごしてしまったので、またこれから任地にいる時間を有効活用して前向きに活動を進めていかなければいけません。果たして最後の半年はどんな時間になるのかな。どんなことを思うのかな。何はともあれ、今年も健康安全第一で過ごしていきます。

今年の家族ニュース

活動とは一切関係ないのですが、個人的にも、そしてステイ先の家族にとっても大きな出来事が少し前にあったのでブログにも記録しておきます。

11月12日の早朝にステイ先のお母さんのお母さんが亡くなりました。ステイ先のお母さんにとっては、自分のお母さんなので彼女を呼ぶときは「ママ」と呼んでいましたが、それ以外の家族はみんな彼女のことを「おばあちゃん」と呼んでいました。スペイン語で「おばあちゃん」は「abuela」(アブエラと読む)と言いますが、abuelaだけだと日本語で言う「祖母」というかんじに近いと私は勝手に捉えていて、前に少し書いたここの独特の「cariño」という習慣、人や物に対して愛着を持ってかわいらしく言う言い方、なので日本だと「ちゃん」付けしたり「君」付けしたり、物に対して「お」を付けたりする、そんなイメージ。その言い方を使ってふつうは「abuelita」(アブエリータ)と彼女のことを呼んでいました。こうすることで、「祖母」という意味から「おばあちゃん」という雰囲気になるのかな。

私が任地に到着してすぐ、なので今から約1年2か月ほど前におばあちゃんの誕生日パーティーがあり、そのときの写真。奥の緑のワンピースを着ているのがおばあちゃん。

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実はおばあちゃんは亡くなった時期のその1,2か月前、今年の9月中旬頃から体調を崩していて、それまではずっと私のステイ先のとなりにあるお母さんのお兄さんのお家で過ごしていましたが、体調が悪くなってからはステイ先に移動し、お母さんが全面的に面倒を見ていました。前に書いたように今年の9月中旬、おばあちゃんがステイ先に移動してすぐ、ステイ先のお母さんとお父さんは娘の1人のアメリカ移住に付き添い、1,2週間ほどアメリカに行っていました。そのときは私が朝起きると、まだ誰も他の娘たちが朝食を作りに現れないけど、おばあちゃん一人で起きあがって台所でお湯を沸かし、甘いコーヒーを淹れていたりもしました。お母さんたちが無事にアメリカから帰ってきて、今度は私が日本に2週間ほど帰国し、日本からエクアドルへ帰国、「みんなは変わりない?」という声をかけると、お母さんからは「私のママの体調が良くない以外はすべて変わりないわよ」という回答が返ってきていました。それからというもの、やはりおばあちゃんの体は良くなく、1ヵ月ほどはロハの病院でいろいろな検査をしながら過ごし、お母さんは付き添いでロハに滞在することが多くなり、少しステイ先はバタバタしていました。他の兄弟から「おばあちゃんの状態が良くない、死期が近づいているかも…」というような雰囲気は察していましたが、時間は過ぎていき、11月に入って、おばあちゃんもヤンササに帰りたいと言っているし、病院でできることももう無いようだから、できるだけ早く家に連れて帰ってこようという雰囲気になり、11月の2週目ころにロハを引き上げ、ステイ先での療養が始まりましたが、それから1週間が経っておばあちゃんはステイ先で亡くなりました。療養期間の1週間は家族もできるだけ近くにいたり、親族や関係者が代わる代わるお見舞いに訪問にくるという日々が続き、亡くなる前日の夜、ちょうど歌い手を呼んで、ギターを弾きながらキリスト教関係の歌を寝室でおばあちゃんを囲んでみんなで遅くまで歌ったりもして、私はそれを自分の部屋から聴いていました。まさかその数時間後に亡くなるとは思いもしなかったのですが、早朝部屋の外が騒がしくなり、もしかしたらと部屋から出ていくと亡くなったとのことでした。

その日は平日でしたが、市役所には遅れていくことに。午前中はお葬式の準備をお手伝いしたり、少し見学させてもらったりして、お昼ごはんを食べてから午後配属先には出勤。準備のお手伝いには近くの親戚、友人、隣人が積極的にお手伝いに来て、いろいろな人が出入りし、しかもいろいろな部分をどんどん手伝っていきます。計画は一切しないエクアドル人だけど、土壇場でいろいろな人がでてきて、その人たちの尽力によりその場をなんとか形にしてやり過ごすというのがエクアドル流。

最初は隣人の男性が大掛かりな所から手伝う。この間、女性陣は壁に垂らす白い布のアイロン掛け。

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そしてその布をきれいに垂らしていきます。掛ける引っ掛けがないところはもうトンカチで釘も打っちゃう。

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娘たちの近所の嫁ぎ先の家族や娘たちの仲良しの旧友たちが飾り付けにお手伝い。

お葬式のときに家に出す看板はこれ。

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そして最終形態。
お葬式のときは家の前に大きなテントも出しますが、こういうものもすべて家族が知り合いのツテをたどり、借りたりします。市役所も貸してるようだけど、今回ステイ先では家族のツテで他のものを借りていました。任地ではお葬式は家で行うのが一般的。葬儀会社はロハをはじめ、都市部にはあるようですが、費用は高く、任地には葬儀会社はないし、みんな家で行うとのこと。

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お葬式は亡くなった日から3日間続きますが、家にたくさん人が訪れられるよう準備して、そしてごはんもすべてその家の人たちが炊き出します。訪れる人はみんな、炊き出し用に使われるであろうものを持ってやってきます。鶏、お米、パン、砂糖などなど。これらがここでは日本でいうお香典です。遠方から来て、長時間滞在になる人もいる中、お葬式を出す側は、朝昼晩3食の他にも、おやつなどお腹が空かないようにという来ている人への配慮なのか見栄なのか、ヒシヒシと伝わってきました。夜は、親戚の子どもたちやパティの息子たちと日本語を書き合ったり、絵を描いたりして私は過ごしました。

基本的にお葬式は朝、ある程度人々が動き出す時間から、夜、そして夜中まで続き、少しの仮眠で翌日を迎えるため、家族たちは寝不足、過労が続きます。朝、昼よりも夕方、夜のほうがみんな仕事を終えて訪問するため、人々は夜に向けて多くなり、家族総出で動き回る。家族だけでは特にごはんの用意の手が回らないため、娘たちの友人たちもお手伝いに駆けつけていました。ほぼ張り付けで調理場を手伝ってくれていた人などにはその程度に応じて家族から少しお礼のお金を渡していたようでした。2日目以降は交代でみんな仮眠を取っている様子も。2日目の夜には家でミサも行い、そして3日目の午後に正式に教会でミサを行い、その後お墓にみんなで運びます。

教会での様子。ミサ前に教会にみんなで棺を運び、無事におばあちゃんも教会へ到着。

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家族たちによるおばあちゃんの簡単な説明(どこで生まれてどういう場所で過ごしてきたか)、そして家族たちの名前が息子により読み上げられる。
任地の教会から墓地までは直線で歩いて15分ほど。少し坂がありますが、みんなで歩いて運べる距離です。

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f:id:reikomiyahara:20181226234607j:plain私たちの側の家族たちは上は白色で揃えました。今回はお葬式なので、それも大切かなと思うけど、これはスポーツ大会とかクリスマスのごはん会、誕生日会とかでもよくあること。みんなで上のプラウスの色を揃えようとか、そういうのがエクアドル人は大好き。
私も献花用の花をひとつ抱えて、ステイ先の家族のうしろを歩きました。ギター隊を引き連れ、歌を歌いながら登っていきます。このギター隊の中には、ステイ先の長女・パティの次男フアン・ディエゴも参加。おばあちゃんにとってはひ孫のひとり。今回、普段はロハで過ごしているこのパティの上の息子たち3人ともお葬式を通して一緒に演奏したり、日本のことを話したり、良い時間が持てました。

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そして墓地に着き、おばあちゃんの棺が入る場所に集まり、棺をお墓に入れる作業が始まりました。この間もずっと音楽は続いています。

あまりきちんと土葬のイメージができていなかった私にとって、どのように土葬されるか理解したときはとても衝撃的な瞬間でした。棺を入れるためのスペースに入れて、手前部分をレンガとセメントで固め壁を作って終わり。簡易だけど、なんだか「そのまま」という感覚が強く、新たな発見でした。パティの息子たち3人と私で2曲贈りました。

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スペースの手前に蓋をするように、レンガと埋める用のコンクリートが準備される。なんだか少し残酷。

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着々と進む。

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無事に棺を納める作業が終了。終了後はみんなで最後に家に集合。私はお迎えの車が来るまでパティの息子たちと一緒に待機。

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奥で顔を向けてくれているのはステイ先の長女パティの三男のサンティアゴ。一番静かであまり積極的には関わってこない彼なのでこの写真で決め顔をしてくれたのには意外でしたが、彼もまた上2人のお兄ちゃんと同様、下の2人の弟たちの面倒を見たりもしているしっかり者だと思います。ロハの大学に行きながら、本格的にカメラを勉強しているようで、この前のロハのお祭りでは市役所の一員としてカメラバイトをしていたし、私たちの音楽隊の様子の記録係をしてくれました。それでもこのように大学に行きながら好きなことをできるのは一定家庭が裕福な証拠でもあると思います。そのあたりの差はエクアドルは日本とは比べられないくらい顕著。パティの子どもたちはきっと彼女が厳しくしつけたのかな、みんな家の人の言うことを聞き、お手伝いもする好青年たちに育っています。
そしてお家でお葬式最後の夜ごはん。これも炊き出し形式で、どんどん配られます。そして次第に遠くから来た親戚や知り合いたちは帰っていき、家族だけに。その後棺が置かれていた部屋で家族の時間をみんなで過ごし、遅くに解散。いろいろ片付けはもちろん残っていましたが、その日は就寝。眠かったけど、彼らと時間を過ごすことができ、貴重な時間でした。そしてお葬式は終了しました。

とはいえ、ここからが後半戦。キリスト教の習慣で「novena」というものがあります。これは数字の9、スペイン語で「nueve」からきており、「9日間続けてお祈りする」というもの。クリスマス前も行っていたりするので、何か大事なときに行うものなのかもしれません。

ということでお葬式最終日翌日からnovena1日目が始まります。家で行っていました。これはある程度近い親族や友人たちが参加しに来ますが、夜に開始。だいたい19時とかです。家で簡単なミサをやって、家族がそれぞれ日交代で言葉を述べたりして、ミサの歌をみんなで歌い、簡単な食事を出してみんなで食べて解散。この軽食ももちろん9日間違うものを招待側(=ステイ先)が作っており、私はちょうど任地での環境部会とロハでのお祭り参加の準備が迫っていたので、このnovenaには参加しませんでしたが、大変そうだな~と思いながら見ていました。

これが2018年、最近の大きな出来事です。

 

そして家族関係のもう一つのニュース。それはステイ先のお兄ちゃん(長女パティのお兄さん)ダルヴィンが資格を取りました。この資格というのは大学を5年行くと取得できる資格「ingeniero(a)」。前にブログで一度紹介したことがあるけど、エクアドルの「titulo」という文化。これを持っていると働き口が見つけやすくなり、お給料も上がります。これを持っている人と持っていない人では仕事内容もまったく異なります。この社会制度は私は正直疑問を抱くところではありますが、しょうがないです、こういう社会なので。お金があれば(=ここでは家柄)tituloを取れるし、そうじゃなければいくらがんばってもなかなかいい仕事に就くことはできません。日本もそうと言ったらそれまでですが、でも比べられないくらいここではそれが普通です。

このお兄ちゃんダルヴィンは子供3人を持つお父さん、40歳ほどの大人ですが、より良い仕事を探せるようにとこれまでtitulo取得に向け励んできたようです。無事に取ることができてよかったです。みんなで豪華にお祝いもしました。

感謝の言葉を述べるダルヴィン。前日に友人たちとお祝いに飲んでいたようで、本人は二日酔いの中の参加。

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私も簡単にお祝いの挨拶と恒例の日本好き少年ダヴィと日本の歌を贈りました。

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これは任地でよく食べられるスープ料理。「cardo de gallina criolla」(通称「cardo」カルド。)鶏を煮込んで、その出汁が十分に出たスープとユカイモやネギを入れて食べる。これを醤油風味にしたらラーメンができると私はいつも思って食べています。とてもおいしい任地の料理。覚えて帰りたい。そして任地にいる間に教えてもらって改良してラーメンを作りたい。