VACACIONES!!!

ここエクアドルでは、学校の1年の周期は9月から始まって6月末に修了を迎えます。9月から新しい学年、学期が始まります。学校はだいたい7月あたまからvacaciones(夏休み)に入ります。そこで子どもたちのための市役所の夏季講習が2週間ほど前から始まりました。これは市役所の文化振興課のような所が主催なので、講習と言っても勉強ではなく、情操教育です。内容は、ピアノ・ギター・歌などの音楽、ダンス(伝統民謡と現代曲)、絵画です。ちなみに各学校で勉強自体の補習はそれぞれ行われているみたいです。

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ごみ回収で学校のコンテナに行くと、補習を受けている子どもたちに遭遇。

 

この夏季講習は約1ヵ月間行われ、みんなそれぞれ1ヵ月後の修了式に向けて、成果物を完成させます。私が1年前、任地に到着してすぐの頃、この修了式兼発表会が行われていて、この部分だけ見学させてもらいました。この見学をきっかけに、この文化振興課の人たちとはもともと顔見知りだったので、夏季講習が始まる少し前にコンタクトを取り、何か環境教育とコラボできないかと考えている、例えば自然をモチーフにした絵画を1つ取り入れるなどして、絵画のクラスでお手伝いできますかと聞いてみた結果、絵画のクラスの先生が快諾してくれて、先週からその絵画講習のお手伝いに行っています。先生的には手伝ってくれる人が1人増えた、ラッキー!みたいなかんじもしましたが、それはそれで良しとします。

クラスは1時間目が5歳~8歳くらい、2時間目が9歳~12歳くらい、お昼を挟んで、午後、3時間目はまた5歳~8歳くらい、最後が去年も受講した子たちや少し上級者向けというかんじ。1日目は鉛筆で線や波線、丸を描く練習。2日目の冒頭に、私は環境についての短いお話の時間をもらい、一応本業である環境の活動も。そこで恒例の忍者のあそびも披露し、少しみんなで遊んで、終わり、絵画の先生にバトンタッチ。2時間目の少し大きい子たちの時間には、忍者のあそびはやめて、初めてのアクティビティを試したのですが、結局はうまく理解してもらえず、こちらは断念。まぁこんな風にうまくいかないことの方が多いです。そしてこの日は家や木や太陽、川などの風景を描く練習。

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3日目から絵の具を使って色を塗りました。絵の具の登場に子どもたちもテンションMAX。基本青、赤、黄色、黒、白の5色の大きい缶をそれぞれ混ぜて他の色を作って、その中間色である果物などを描いていました。

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でも基本は絵を描くのが好きでここに来ている子が多いから、学校の授業よりはみんなちゃんと聞いている気がします。まぁ最初の1日2日目くらいまでは。時間中にトイレに行かせてと教室を出ていく子の数の多さは、学校と同じです。一応みんな事前に一言確認をしてくれて、ちゃんと帰ってくるからいいのですが、それにしても半分以上がトイレに行きます。見てると、ひとつの絵を描くのも、いろいろな性格の子がいて、おもしろいです。

あとは鉛筆削り。真ん中に差し込んで、クルクル手で回して削る鉛筆削りがここにもあるのですが、学校で鉛筆を使うという習慣があまりないため(基本ボールペンと修正液を使う子が多い)、おそらく鉛筆を削ると言うこと自体があまり身近ではないです。見ていると鉛筆削りの使い方をみんな知らないのでびっくり。片付けという習慣もあまりないので、使ったパレットを洗うということもなく、そのまま放置。そもそも片付けって、きっと次に使うためにしていると思うのですが、次に使う時のことを考えない習慣なので、きっと片付けという習慣があまり根付かないんだと感じました。もちろんこれも人それぞれ、1人1人の性格にもよるけど。でも鉛筆と消しゴムはクラス終了後にちゃんと教室の後ろに持って行ってね、絵の具用の筆は自分で洗うようにと初回に先生が言って、私もできるだけ言うようにしています。せめて鉛筆くらいは片付けてほしいなと。今のところまだ大半の子は言われたように後ろに戻してから、帰ってくれています。

積み上げられるパレット。毎回みんなで洗うようにしたら、それぞれ絵の具も出しすぎないし、私達も洗う時間が省けるのに。それに小さな子どもたちにはきれいなパレットが使いたいとせがまれるし。でもこれはこれで、次の時間の子たちがパレットの余っている絵の具をそのまま使ったりもできているので、これがエクアドル式と言ったらそれまで。

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最近一番気になったのは「靴紐」。日本にいるときは一切考えたこともなかったし、自分がどうだったかも思い返したこともなかったけど、ここでは3歳くらいから靴紐がある運動靴を履いている子が多いです。もちろんお兄ちゃんお姉ちゃんのおさがりとか、そういう事情も多いとは思うけど、紐がほどけたときに、当たり前のように足をチョイと差し出して「結んで?」って言ってくる子がほとんど。その姿はまるでお姫様、王子様です。こんなものなのか?と少し違和感を感じて、幼児教育のエクアドル隊員に相談。もちろん地域差はあると思いますが、ここでは子どもたちの発達段階には合わない靴紐の運動靴を履いている子が多くて、この隊員の幼稚園でも、先生=靴紐を結ぶ人みたいになっていたそう。この隊員は配属先で3歳、4歳まではできるだけマジックテープの靴で来てもらうように推奨したらしいですが。

最後の上級者クラスの中の子で一人、ここ最近、少し早くから来て、中に入って一緒に小さな子たちを見てくれる女の子がいます。クラスの先生がバタバタして教室からいなくなることもしばしばあるのですが、そんなときは私ひとりで、同時に呼ばれたりし、どうしようも理解できないことを言われて対応しきれないとき、その子が聞いてくれたりしたり、集中力がない子のところで一緒に色塗りしてくれたり、彼女も自然に面倒を見てくれてボランティアしてくれています。聞くと、絵を描くのがとても好きとのこと。私は彼女の今年の作品の出来上がりをたのしみにしています。

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上級者クラスは私は暇になるので、この前空いた時間で気晴らしに私も描きました。私も学校の勉強より、音楽や絵画とか、そういうものの方が好きです。

 

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そんな中、同僚(兼、現在のカウンターパート)のホアンカルロスのお誕生日が。部署でお祝い。

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先週、ステイ先の家族の娘の一人に連れられて、初めてのイベントに行ってきました。それは「Graduación」と言って、学校を卒業したことのお祝い。高校からはここではどんな勉強を修了したかということで、修了すると「〇〇の分野を勉強した」資格・証明のような証がもらえます。前に少し紹介した「titulo」という文化。ここではこれが大切。(逆に言うと、このtituloをもらってしまえばそれでイイ。という雰囲気も感じられます。)その証明をもらったことへのお祝いをします。日本で言う卒業祝いのようなかんじです。家族によりそのお祝いをごはんだけにしたり、少し派手にしたり、いろいろあるようですが、今回はかなり大きめのパーティーだったのではと思います。

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お家の2階の半屋上のようなところに椅子がぎっしり。

市役所の同僚数人にも会ったりして、これも良い機会でした。

 

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肌寒い日が続いていて、珍しく風邪を引いています。高熱を出したことはエクアドルで2回ありますが、どれもすぐに下がって、風邪という症状ではなかったので、逆にいうと初めて、一般的な風邪の症状、咳と鼻水と少し熱が。早く治るよう、家ではかなりゆっくり過ごしています。

日本はこの前の大雨洪水の被害と、酷暑の影響が心配です。エクアドルでもどちらもニュースになっています。洪水被害地域の1日も早い復興を願っています。熱中症にはお気をつけて。

 

1年

2017年の7月6日に日本を出発してからちょうど1年が経ちました。過ぎてみると早かったかなというかんじがします。でもあと半分あると思うと、これからどう感じるのかまったく想像がつかないな~というかんじもします。後半の1年はこれまたどんな1年になるのか、たのしみです。理解不能なことも毎日たくさんあるけど、エクアドルを知れてよかったと思える日々を過ごしているので、きっと魅力あふれる国です。

 先週の金曜日は街の一斉清掃活動、通称「minga(ミンガ)」が企画され、私も参加。みんなと道路を一緒に掃き掃除。うちの部署によるものなので、もちろん参加者は同じ部署の同僚たち。これが市民全体になったらどんなにいいことかと思うけど、それはまた別問題で、これからも考えていかないといけないです。まぁでも顔なじみの同僚たちと過ごせる良い機会でもあるので、これはこれでたのしんでいます。

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いくつかのグループに分かれ、普段は8時始業のところ、7時からに前倒し。ただ、この掃き掃除、一番は道路脇に溜まった泥や土、砂を取り除くのがみんなにとっては大切で、途中私はプラスチックごみを拾ったりもしたけど、すぐに意味がないことに気づきました。なぜかと言うと、最終的にはショベルカーが来て、点々と積みあがった土や雑草の山をかき集めていくのですが、その土をどこに持って行くのかと思いきや、他の舗装されていない近くのわき道にならしていました。ってことはごみを集めても、そっちに捨てられるだけなので、意味ないなと思い、途中で私はやめて、みんなと同じように土や砂埃メインで掃いて掃いて掃きました。いつか改善提案しないといけません。

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その後お昼過ぎまで掃き続け、みんなで上司が頼んでおいてくれたお昼ごはんを近くの食堂で食べ、解散。その後は物品の後片付けを手伝ったりして、朝に前倒しで働いた分、午後からはもうお休みモードに。1時間早めにみんな帰宅。ごみ回収組の同僚たちは昼食後午後の回収を頼まれ、少し不満そうにしながらも、回収に繰り出していました。私のカウンターパートである上司はまだ残ってお仕事をしていました。エクアドル人には珍しくいつも残ったりしています。

 

そしてこの土日はひさしぶりに任地でゆっくり過ごしました。土曜日はちょうど2年目の始まりの日だな~ということで、ふと思い立って、部屋を大掃除。夕方からはいつも遊んでいる(遊んでもらっているとも言う)ステイ先の娘の子どもに呼び出されたので、お家に行って遊ぶことに。そのおうちに向かう途中、歩いていると知り合いが道端で飲み会を開いていて「ビール飲んでけ!」と声をかけてもらったので、ビールを1本ごちそうに。ごみ回収車を運転する同僚の友達ということで顔見知りになった人に久しぶりに会って、話したり、なんだかんだで1年経って、任地でこういう何でもない日常があることに感謝というかんじです。日曜日も家でゆっくり。夕方からは恒例の集まれる家族が集まってのカカオの実からのチョコラテ作り。もちろん私もお手伝い。作っている途中で、ミサの時間になって、お母さんはいったん途中退出。そして残りのメンバー、お父さんと娘2人、私で何とか終盤戦に持って行き、娘が仕上げ。夕食(こっちは夕食は日本に比べると軽めです)に作りたてのチョコラテとパンでミサ帰りのお母さん含めみんなで軽い夕食。

この週末は他の隊員の任地で日本祭りがあるからと、何人かはそちらに遊びに行っていたので、私も行こうかギリギリまで悩んだのですが、やはり私の任地からは遠く、移動もタイトだな~となんだかゆっくりしたかったので、私は任地に残りました。もちろん1年経ってまだまだ知らないエクアドルの他の場所を知りたいという気持ちを持ちつつをも、あとはなんとなく、ステイ先の家族との時間をはじめ、任地でしかできないゆるい過ごし方も大切にしようと最近は思ったりもしているので、この週末はそういう過ごし方ができて、よかったです。f:id:reikomiyahara:20180709160053j:plain

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さてさて、南半球に位置する私の任地では今、冬を迎えています。もちろん日本の冬のような気候ではないので、ふだんは冬であることを私は忘れて過ごしていますが、みんなとの会話の中で、「今は冬だ」という会話が出てくるので、私はその度に冬であることを思い出しています。冬でも、昼間太陽が照っていい天気だと、日差しも強く暑いですが、それでも雨が降るとけっこう肌寒くなったり、夜は涼しいなと感じることもあります。これが私の任地の冬です。任地の冬は雨も多いです。エクアドルにはおそらく天気予報がありません。毎日ニュースは放送されているけど、天気予報の時間もなさそうだし、新聞などにもその手の欄は目にしたことはない気がします(ちなみに星占いはエクアドルにもあります。)専門的な何かで必要とされて、その手の分野で働いている人もいるかもしれませんが、ふだんのみんなの生活には天気予報は特に必要とされている感じはしません。日本で天気予報を頼りに過ごしていた私にとっては、任地ではみんなが気象予報士で、みんな雨が降る前に教えてくれます。日本人の私にもはっきり「あ、雨が降るな」と分かる空模様のときもありますが、同僚と歩いていて、私には全く想像がつかないときに、「たぶん雨が降るよ」と同僚に言われ、数分後いきなり曇って雨が降ってきたときは予知能力を持っているのかと驚きました。1日の中で雨が突然降ったり、すぐ晴れたりするので、日本の天気予報のように傘を持って行こうとかそういう計画性はできないのですが、基本みんな傘を持たないし、よほど強い雨でないと傘を使うという習慣もないので、その部分はみんなにとって重要ではないと思われます。この傘を使わず、濡れるという習慣は私にはどうしても慣れない部分ですが、みんな濡れるということに対して抵抗感をあまり持っていないというかんじもします。すぐ晴れて、すぐ乾くということなのか、ただ気にしないということなのか、よくわからないけど、ここの人たちはそうやって過ごしています。

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市役所からの帰り道の虹の空。よく見ると二重です。

MUSICA

タイトルはスペイン語で「音楽」という意味です。ほぼ英語と同じで似ています。読み方は「ムシカ」。ありがたいことにエクアドルでも細々と音楽を演奏する機会に恵まれているのでその話を少し。

この前の国内研修の記事でも少し紹介しましたが、エクアドル隊員には私が到着したときから余興隊というのがあって、何人か楽器を演奏する人たちの集まりがあり、到着したときから入れてもらっていました。

到着したときのメンバーは、三線(環境隊員)、キーボード兼歌(音楽隊員)、ギター(幼児教育隊員)、ケーナ(コミュニティ開発隊員、ケーナエクアドルの縦笛。この人は私の同期ですが、学生時代の吹奏楽経験を生かし、エクアドルに到着してからケーナを始め、かなりのスピードで習得中)、ウクレレ(幼児教育隊員)、バイオリン(環境隊員)、私(フルート)といったかんじでした。このメンバーで機会があるときは演奏させてもらっていましたが、ここにこれまでに到着した隊員(防災隊員のフルートがもう1人、環境隊員のクラリネット)も加わり、少しずつ規模が大きくなっています。この中で三線とキーボード兼歌の担当者は私よりちょうど1年前から活動している先輩隊員。私がほぼエクアドルに到着して1年が経とうとしているということは、逆に言うと、この先輩たちは2年の任期を終え近日中に日本に帰ります。ということで、この先輩隊員たちにとって最後の舞台となった演奏は、グアヤキルで行われた「ISSEIKI」という先日参加したイベント。今年がエクアドル・日本が国交樹立100周年ということで開催されたもののひとつで、グアヤキルという最大の都市で行われただけあり、たくさんの人でにぎわっていました。主には、コスプレとかアニメとかそういう視点から日本を知ったという人が多そうなかんじでした。

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会場には盆栽のコーナーがあったり、野口英世のコーナーがあったり、お寿司のコーナーがあったりと、日本文化満載。私達JICAボランティアは日本大使館のスペースを一部使わせてもらい、習字と浴衣着付けの紹介。

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そして音楽隊としての参加。これまでは単なる余興隊と称していましたが、今回からグループ名も。その名も「Sushi Mixto」。いきなり先輩によって付けられたグループ名でしたが、私は気に入ってます。演奏曲は、「島唄」と「花」の三線をメインにした沖縄の曲、「どんなときも」(これはスペイン語訳の歌詞が出ており、これまでも私たちにとって定番の曲)、「花は咲く」、「Yo nací en este país」(「花は咲く」は日本の震災関連、「Yo nací en este país」はエクアドルの2年前の震災関連の曲ということでセットで演奏)、「上を向いて歩こう」です。

他にも剣道の実演、アルゼンチンの日系の子どもたちによる和太鼓演奏などなど演目は盛りだくさんでしたが、きっと日本人が演奏するというだけで、会場に集まる日本好きのエクアドル人にとっては興味が湧くのか、私たちの舞台もみんなすごく盛り上がってくれました。

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ありがたや~。練習不足なのは次の機会でリベンジするとして、たのしい時間を過ごせました。着付けも習字も忙しかったけど、たのしかったです。

今回の旅程は全4日間。1日目早朝任地出発。13時間かけて、この7月に帰国する三線担当の先輩隊員の任地トロンカルへ。ここで先輩隊員のステイ先のおうちで1泊させてもらい、2日目朝にグアヤキルへ。トロンカルからグアヤキルはバスで2時間ほど。

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コスタ地域のバナナ農場の景色が広がります。お祭り1日目を終え、この日の夜はグアヤキルに住む日本人の方のお宅で夜ご飯をごちそうになりながら1泊させてもらい、次の日のお祭りにもブースのお手伝いと音楽隊の参加。

その日の夜にグアヤキルのホテルにみんなで1泊して、私は任地に戻るため4日目早朝出発。やはり私は移動時間が今回集まった他の隊員に比べ桁違いですが、まぁこれも今しか味わえないことかな~と乗り物に乗るのは好きなのでたのしんでいます。

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グアヤキルで泊まったホステルからの夜の風景。

グアヤキルエクアドル一の大都市ですが、訪れる時はやはりいつも観光の一つで行くので、なかなかこのあたりの人々の生活の実態を見ることはできませんが、大都市だけに貧富の差が大きいことも感じられます。

 

お祭り会場にいた野口英世野口英世が黄熱病の研究をエクアドルでもしていたということで、エクアドルと少し縁があります。今年の100周年関係のお祭りでも大使館などがかなりフューチャーしています。私が子どもの頃に一番読んだ伝記は野口英世の本でした。なつかしい。それにしてもけっこう完成度の高いコスプレ。

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会場で開会セレモニーそっちのけで、私たち隊員の似顔絵を描いてくれた女の子と。習字の筆で描いてたけど上手。

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 さて、任地では、学校が夏休みに入るため、少し前から学期末試験のようなものが始まっていて、そのため、週に1回行っていた学校への訪問もお休み。そこで以前からやりたいと思っていた最終処分場の脇にある栽培所の活性化作業を始めました。2人目のカウンターパート・マヌエルと。これもどこまで続くかわからないけど、私も何もやることがないよりはいいので、行ける時は処分場に行っています。

そしてそしてワールドカップ、ここでも盛り上がっています。何より日本すごかった!このグアヤキル期間中にはセネガル戦、任地に戻って、ポーランド戦とベルギー戦。ベルギー戦はエクアドルでは午後でした。冗談っぽく上司に「午後は試合後に来るね!」と話したら、大丈夫そうな雰囲気だったので、お昼ごはんを食べたあと、2時間半だけ家でステイ先の家族と観戦しました。みんなにバカにされまくっていたけど、試合後、何人かから「日本はいい戦いだった!」と言われました。私もほんとにそう思いました。ベルギー相手に2点も。こちらの生中継でも途中から「siempre peligro, Japón」(常に日本は危険だ…)と実況が入るようになりました。

日本のベルギー戦は職場のみんなと「賭けるぞ!」と持ち掛けられ、向こうも日本は負けるという予想でふっかけてきてる感が満載でしたが、物はパン10個とコーラだったので承諾。でも予想以上に熱戦でした。みんなにパンとコーラを振る舞い、私のワールドカップ2018は終了しましたが、一応今後もみんなと見守っていきます。エクアドルは南米の国ということで、現在コロンビアとブラジルとウルグアイを応援中。

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怒涛の研修会

こんばんは、エクアドルはいま、夜です。6月ももう後半戦で、今月はありがたいことに少し忙しかったです。一番は何と言っても環境教育部会による国内研修の開催でした。部会が発足してから約半年ほど、部会のメンバーで計画してきた研修がついに本番を迎えました。この研修にはそれぞれの同僚を呼んで、いろいろな事例を紹介して、できれば日本人講師も呼んだり、エクアドル環境省の人と連携して…とかいろいろみんなで企画していたのですが、いろいろな都合で、今回の研修は各任地の取り組み内容を知る、ボランティアによる日本と世界の事例紹介、各任地の環境部門で働く人たちのつながりの土台作りといったところに収まりました。ちなみに私個人としては途中で再度カウンターパートが交代したり、ましてや開催場所のキトまで遠く、他の任地に比べて移動日数が倍かかるので、同僚に参加してもらえるか、研修開催に時間を使うより任地でできることをしたほうがいいんじゃないかなどと当初消極的だったのですが、でも終わってみて、本当に研修を開催できてよかったと思いました。もちろん私自身も良い経験になったし、他の隊員の同僚に会ったり、そしてやはり一番は私の同僚を連れていけたことです。配属先であるヤンササ市役所からは2人に出席してもらいました。1人目は今のカウンターパート(フアン・カルロス)、2人目は1代目カウンターパートのオルランドオルランドはJICA事業やJICAボランティアのことを深く知る人物であり、かつ日本の技術に関心があること、自分が興味を持った環境分野に対しては深く追求するところ、部署は違っても協力できる余地があると感じている点などを加味して来てもらうことにしました。そして今のカウンターパートのフアン・カルロス。彼は見ていてとても仕事を頑張っているし、私に対してもとても親切だし、新たにJICAのことを知ってもらえる人材作りにもなるかな~と思ったり、そして、今回の研修を通じて見たものや感じたものを任地に還元していける存在なのではないかなと感じていたので、忙しい合間を縫って彼に来てもらえたことは大きかったと思います。それにJICAのこういう研修への参加者を任地の市役所内で1人でも増やせたことは逆に考えると、今のこの環境だから出来たことです。

研修本番直前は、本当に寝る間がないと思ったほど忙しかったけど、ひとまず無事に終わってよかったです。何より今回の研修を発案してくれた先輩隊員をはじめ、部会のメンバーには感謝です。

 キトにあるカロリーナ公園の「jardin botanico」という植物園でで1日目を開催。ここには最近、日本庭園ができて、ここで開会式を行いました。

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2日目はJICAの事務所内で。私は2日目の午前中に司会を担当。

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左が今のカウンターパート。右がオルランド

最後にエクアドル余興隊のみんなで「上を向いて歩こう」を演奏。

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そしてそして、最近あった貴重な経験について、2つ紹介します。

まず1つめ。ちょうど1年ほど前に任地の少し田舎のほうの地域(Mutinza)で、セレモニーが行われました。何のセレモニーかと言うと、日本大使館の支援で建てられた橋の開業セレモニー。日本大使館が行う支援事業の中に「草の根支援」というものがあり、これは私達ボランティアの活動が「草の根」と呼ばれているように、「草の根」ベースで支援する大使館事業の一環です。もちろん私たちの活動は直接的なお金のやり取りは発生しない人的支援ですが、大使館のこの「草の根」支援は一定金額内での支援を行い、人間の安全保障にかかわるものの建設やそれを支える物の寄付などを行っている事業です。その事業で建てられた橋。今回お祝いされた橋の前に任地にはすでに1つこの大使館の草の根援助で建てられた橋があって、一度ごみ回収の車で通ったことがありました。この橋がある地域も田舎と呼ばれる地域のうちの1つですが、この橋はこの地域を統括しているコミュニティと大使館がやり取りをして建てられたもの。今回出来上がった橋の地域を統括しているのは一応市役所なので、市役所からの直接的に申請されたもの。ということで、小さな小さな橋の完成式典が行われました。

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奥の黄色と緑の橋が今回建設されたもの。

式典には市長、大使館の方2名(もちろん日本人です)、市役所の職員たち(式典後に振る舞われるお昼ごはん目当てで潜り込んでいた職員たちも多数)、橋が建てられた地域の町内会長をはじめとして住民たちなどなど。

市長のお話。

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大使館の方のお話。

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町内会長のお話。

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現地の方々のスピーチの中には必ず「Gracias, el pueblo de Japón!」(ありがとう、日本の皆さん)という言葉が繰り返し使われていました。

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セレモニーでは、はじめにエクアドルの国歌斉唱(エクアドルの国歌もとても素敵なのでぜひ聴いてみてください)、次に日本の国歌斉唱(君が代を歌えるのはもちろん大使館の方2名と私の3人だけ。周りのエクアドル人たちが「どんな歌?」と興味ありげに耳を傾けてくれたので、一応がんばって歌いました)、そして市長や大使のお話、エクアドル国旗色のテープを切って、写真撮影。そのあとはここの地域で用意してくれた文化紹介の踊りを鑑賞して、お昼ごはんをみんなでいただき、解散。

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f:id:reikomiyahara:20180622080017j:plain橋の建設の申請が始まったのはなんでも10年以上前から。私は一切関わっていないけど、このタイミングで任地に派遣されている日本人ボランティアとしてこの瞬間に立ち会うことができてとても光栄で、貴重な機会でした。

そして2つめ。任地の隣の州に「Paquisha(パキシャ)」という州があります。

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その先に金が取れる採掘場所があり、知り合いに連れて行ってもらう機会があり、訪れることができました。任地の中心地からパキシャの中心地までは車で約1時間ほど。そこからまたさらに1時間ほど車で登ると採掘場所の村に到着。ここにも人々は住んでいました。

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そもそもエクアドルは2500mの場所に首都があって、国内にはもっともっと標高が高いところに人は住んでいるし、エクアドルだけではなくボリビアに行った時も標高4000mのところに街があって、どこかアジアの街のように人がひしめき合って生活していたり、と本当に人間の生活力の強さを感じます。その度にこんなところにも人間って住めるんだなと感じます。この採掘場所にあったコミュニティもそう感じたひとつの場所でした。

話を戻して、村に着き、その先の採掘場所が集まっている地帯に入るところには軍隊の人がいてなんだか厳戒な雰囲気が漂います。

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その先にいくつかの採掘場所が点々としているかんじ。実際金の採掘の仕事もとっても危険なんだろうなと採掘されるトンネルを見るだけで分かります。

採掘トンネルのの入り口の近くには小さい看板が付いていて、それぞれ持ち主の名前が書いてありました。

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そしてその先の山の向こうはもうペルーらしい。ほんとに自分がこんなところに居るのが信じられなくて、なんだか不思議な感覚でした。

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岩に点々とある白い部分(肉眼では本当に金色)が金。

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あとは何と言ってもワールドカップ!ちなみにワールドカップはスペイン語で「Copa Mundial(コパ ムンディアル)」です。コロンビア戦の勝利はかなりの快挙と言っても過言ではないと思われるほど、エクアドル人の反応を見ても思いました。試合はエクアドル時間の朝出勤前に開始。朝、街のどこかで流れていたと思われる中継放送から君が代が聴こえてきて、「あぁ、始まったんだな」と、なんとも贅沢な目覚めでした。そして部署に着くなり、やはり話題はワールドカップの話。本当はどこかで、もはや家で中継を見たかったけど、意外とそこは厳しい任地の労働習慣、部署内にとどまり、みんなで私のパソコンの結果速報を気にしながら、朝の一時を過ごしました。始業の時は1対1の同点だったのが気付くと2対1になっている。私がそれを報告すると、みんな信じられないといった雰囲気で、そして試合終了。無事勝利!おめでとう、日本。いろんな人から「日本勝ったね!」と言ってもらいました。もちろん私からもいろんな人に報告。「カガワ」という言葉が任地で使われる言葉で別の意味を持っていて、隣の部署の同僚との間でなぜか流行語になっています。とりあえず会うとその同僚には「カガワ」を連発されています。

それからそれから。日本人の試合終了後のごみ拾いはこちらでもかなり話題になっています。他の部署の同僚に「日本人はいつもあぁやって道でごみを拾ってるの?」と聞かれたので、「いつもではない、なぜならごみを捨てないから」と答えたら、「あ、なるほどなるほど笑。」といった感じでなぜか笑いも取れて、納得してもらえました。そう、こうやって感心はしてくれるんだけど、自分たちの行動にはつながらないところが、難しいところですが、そこはちょっと気楽に捉えておきます。あまり真面目に考えすぎても疲れるので。この辺りの話はまた次回以降で書けそうだったら書きます。

 学校での様子。環境や日本の話をする前に日本語を紹介しています。それをみんな書き取ってくれるようになりました。

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とまぁこんなかんじで、6月は過ぎていっています。そしていよいよ着任後1年を目途に行われる中間報告会というものが来たる8月に予定されています。そろそろ準備に入らないとなと思いつつ、報告できることがあるのか…という一抹の不安も漂いますが、がんばって準備しなければいけません。果たしてどんな報告会になるのか、おたのしみに。もちろんそれまでブログもゆるく更新していきます~。

任地の観光地「Guayacanes」という滝スポットを抜けると、鶏、蛙、リスが登場。

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任地で少し前に行われたキリスト教関係のお祭り。花火があがってきれいでした。

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エンセボヤードとエンパナーダ

さて、少し間が空き、気付くと6月。最近は少しバタバタしていて、一番は来週に迫った環境教育ボランティアによる国内研修の開催。各任地から1名以上、同僚にも参加してもらう予定です。この様子はまた開催後に報告できるといいなと思います。

そして研修を企画しているエクアドルの環境教育隊員メンバー。

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そして、今回はエクアドルごはんシリーズで一息入れます。紹介するのはタイトルにもある通り、2つの一般的なごはん、エンセボヤードとエンパナーダ(「Encebollado」と「Empanada」)。一見どちらも似たような名前?というかんじですが、全然別物。

まずはエンセボヤード。これはスープです。

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意味はenは「中に入っている」という意味(英語で言うinと同じ)、cebollaは「タマネギ」。タマネギが入ったスープということを意味しています。タマネギと言ったら、エクアドルでは圧倒的にこの紫タマネギが一般的。このスープ、たぶんだいたいの日本人が好きなんじゃないかな~と思われる味で、私は大好きです。今のところ好きなエクアドルごはん1位です。お店で食べたり、テイクアウトして家で食べています。お店によって味が少しずつ違ったり、入っている具材もそれぞれです。ふつうはユカと呼ばれる白いお芋(キャッサバ・タロイモ)や茹でた魚が入っています。魚を使う位なので、本場は海沿いのコスタと呼ばれる地域ですが、もう国内どこでも食べることができます。スープそのものにはレモンを絞って、chifle(チフレ)を入れたりしながら食べます。チフレというのは、中南米にあるguineo(ギネオ)という緑色の甘くないバナナ、それをうすく切って揚げたもの。ここではお菓子といえばポテトチップスの前にまずこれというくらい、このチフレが一般的です。ポテトチップスと同じようなかんじなので、これももちろんおいしいです。ステイ先の家では、日曜の朝ごはんはこのエンセボヤードと決めてくれているので、日曜の朝にステイ先にいることができないときは残念だな~と思うくらい、毎週日曜の朝はテンションがあがります。ちなみにステイ先の隣にはステイ先のお母さんのお兄さん家族が住んでいますが、このお兄さんが近くでエンセボヤード屋さんをやっていて、家で食べるエンボヤードはいつもここから調達。エンセボヤードはエクアドル全土ですごく一般的な食べ物なので、いろいろな場所で食べましたが、ここのエンセボヤードがこれまで食べた中で一番好きです。お店も人気なのか特に日曜はたくさんの人でにぎわっています。なぜ日曜朝に食べるのかという点については考察した結果、2つ考えられます。1つは日曜朝のミサ帰りに家族みんなで外食し、そこで食べる。2つめはこのエンセボヤード、もともとは二日酔いのときに食べるものという説もあり、土曜夜に飲んで二日酔いの日曜朝に食べるのが一般的になり、それが習慣化したという点です。実際たしかにお酒を飲んだ翌日に食べたくなる味です。

 

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そしてエンパナーダはエクアドルで一般的な軽食。2種類あって、エンパナーダ・デ・ヴェルデとエンパナーダ・デ・アリーナ。私は特にアリーナのほうが好きです。ヴェルデというのは緑色という意味で、上でも紹介したチフレの原材料にもなっている緑色の甘くないバナナguineo(ギネオ)をパン生地に使って作ります。アリーナは小麦粉なので、そのまま小麦粉を使ってパン生地を作ります。エンパナーダ・デ・ヴェルデの方は中に、チーズか鶏肉などを入れ、エンパナーダ・デ・アリーナは中にチーズを入れます。ヴェルデのほうは完全おかず感覚のごはんで、アリーナのほうは中には砂糖をふったりして食べるものもあったり、生地自体が若干甘い風味を醸し出しているので、おかし感覚で食べることができます。調理方法は揚げているので、日本の揚げパンのようなかんじ。油の摂取量が気になるところではありますが、そんなにいつもは食べないし、ステイ先でもいいかんじの間隔で作ってくれるので、ありがたい。

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私も包むのをいつもお手伝いさせてもらっています。これを作るときはいつも餃子を思い出すけど、それは包むときだけで、揚げる工程からは別物です。

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という2つのおいしいエクアドルごはん。この2つは絶対帰国後また食べたくなるだろうと思います。作り方を覚えて帰りたいところです。

 タイトルには関係ありませんが、この中身はcaña(カーニャ)というサトウキビから取った黒蜜。ゴミ収集を担当している同僚が、畑でカーニャを育てていて、家で作ったとかで、自家製感満載に再利用したペットボトルに入れて、平日の朝に私のステイ先に寄って置いていってくれました。パンにつけたりしてもおいしい。

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私の任地は今雨季なのですが、先月頃から雨が本格さを増し、強い雨が続くときもあります。そんなことがあり、強い雨がここまで続くと、2つのことが起きます。1つめは土砂崩れ。

先月末に3連休があり、先輩隊員の任地・マカスという所に遊びに行きました。任地からはバスで6時間。まぁまぁ遠いけど、私にとってはもっと他の同期の任地よりは近いうちに入ります。マカスは任地同様、オリエンテ地域のアマゾン気候に入り、規模は任地よりもはるかに大きいです。ボランティアもここには3人。もちろんマカスも楽しんだのですが、連休前からの大雨が続いた結果、帰りのバスでは増水現場と土砂崩れ現場に遭遇し、歩いて現場を超えたり、バスの中でひたすら応援を待ったり、なかなかに大変な旅でしたが、無事に帰ってこれたのでよかったよかった。 

そして2つめは断水。ここ2週間ほど、1日の中で断水する時間のほうが長くなっています。なんらかの市役所の水供給システムの修理を行っているとかで、それが大雨の影響なのかは定かではありませんが、これまでも大雨のあとに断水が多かったように感じます。時間も容赦なく、お昼時間帯も含めて、午後ずっととか、夜ご飯前~夜中ずっととかほんとにいろいろ。そして長時間。断水すると、やろうと思っていたことができなくなったり、制限されたり。挨拶で必ず握手をする習慣もあるし、日本の生活とは比べられないくらいふつうに過ごしているだけで手が汚れるので、ごはん前は手を洗いたいところですが、最近はなかなかそれが叶わないこともあります。少し話が逸れるけど、他の隊員と旅行に行って、だいたい同じもの食べてるのに、同期はお腹壊してても私のお腹は元気!みたいなことが続いたときもあり、この断水祭りの中でも大きなお腹の変化はないので、意外と私のお腹は強いということが判明しつつあります。あとは断水後に水が出始めると、安定するまで水道から水が爆発したように出るので、洗面所が水浸しになります。以外に断水自体よりも、私はいつもこれにテンションが下がりますが、それでも水が出てよかった、あれもあれもできるな。となるので、水が出るに越したことはありません。ステイ先の台所には断水が続くため、水を汲んだお鍋の数が日に日に多くなっています。雨季が終わればこの断水時期も終わるのかな~、どうなのでしょうか。でもまぁもうそろそろこの断水祭りも終わる気もします。

ちなみにマカスからの帰宅後は、ステイ先で予定されていた母の日のお祝いに参加。母の日は日本同様、5月の2週目にありましたが、みんなの都合を見てステイ先ではお祝いを少し送らせて計画。少し田舎地域にあるレストランで行い、ステイ先のお父さんお母さんの孫にあたる14歳の日本語勉強中の子と一緒に音楽を演奏する出し物をしました。そこからの眺め。

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このあたりは「barrio la yona」(バリオ ラ ヨナ)と呼ばれる地域。バリオとはそれぞれコミュニティごとの町内会の名前のようなかんじで、街の中心部では川の向こう、その道路の向こうからが他のバリオといったかんじに区画され、田舎の方では、車で数分ごとにこのバリオが出てきます。

市役所でも母の日イベントは行われました。そのときの様子。

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他にも日々の書きたいことがたくさんあるのですが、今回はこの辺で。

また研修が終わったら、少しずつ書いていきます。

では~。Hasta la proxima vez!(また次回!)

fería(フェリア)

 

この土日は同期の任地カタマヨ市でフェリアがあり、そこにお手伝いに行ってきました。フェリアとは青空市場のようなかんじを指します。このフェリアの開催は、カタマヨ市の市政化記念のお祭りがあってそれに伴って出されるフェリアでした。そこで同期が1日日本文化紹介のブースをもらったとのことで、そこに参加させてもらいました。

会場には馬がたくさん。山間部のシエラ気候に入るカタマヨ。シエラの山の景色と馬は合います。

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土曜日の午後にゆっくりロハにあがり、ロハ隊員とそして、たまたまロハで国内研修を開催していた医療部会(障がい者支援や理学療法士高齢者介護などの職種の隊員たちで結成されている部会)後の隊員たちと合流し、夕食を一緒に。その翌日早朝にロハ隊員と私はカタマヨへ出発。ロハからカタマヨは同じ県内で、バスで45分くらいです。近いだけあって、交通網も超発達。もちろんバスのみですが、なんと15分に1本という驚愕の本数。たくさん出てるから時刻表はズレまくっているのですが、それでもズレていることを感じさせない便利な頻度です。こういう部分を見ると、発達しているところはほんとに発達してきているんだなと思います。首都には電車も作ってます。確実にもう中進国です。その分生活の様子は、基本的な部分で田舎の方との格差が大きい気もします。

 

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日本文化紹介の内容は、みんなの名前を習字で書く、和雑貨と折り紙ピアスの販売、日本の環境取り組みの展示でした。

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異国の文字や折り紙はやはり珍しいんだろうな、みんな「なんだなんだ」とあっという間に人だかりを作ってくれるものの、もちろん第一声は「中国人?中国語?」みたいなかんじです。任地でもいろいろな人に「日本は中国の一部ってことで合ってる?」みたいな極めて初歩的な質問とか、話の中で何度も何度も「中国、あ、日本か」と間違えて言い直す(もちろんわざとではなく素)その度に「日本だよ」と言っていますが、きっと彼らにとってはそんなに大きな違いではないと思っているのです。もちろん違う国であることを知っていたり、私が日本人という認識をちゃんとしてくれている人もいますが、かなり少数派な気がします。これには逆に中国と言う国の大きさ、人の多さ、世界中のいろいろなところに中華街や中華レストランがあるように、どこにでもいるのではないかと思うほどの圧倒的進出力も感じます。任地の両隣の市には中国の会社が拠点を置いていたりもします。その分中国に対していろいろな思いや勝手なイメージを持っている人も多いです。

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フェリアの話に戻って、私たちは10時ごろにフェリア会場に着いて、16時ころ撤収。カタマヨ名物のcecina(セシーナ:豚肉を薄切りにして焼いたもの)で簡単な打ち上げ。その後任地に戻りました。

これはお昼に食べたfrittada(フリッターダ)という料理。frittarは「油で揚げる」という意味で、豚肉を揚げるように調理しています。味は日本人好みの塩味、しょうがは入れてないけど、少し生姜焼きに近いような風味です。モテというエクアドル山間部で多く食べられている穀物を添えて食べるのが一般的。このモテで十分お腹に溜まるので、お米は抜いてもらって、1皿2ドル。

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帰りがけにカタマヨの中央公園で記念撮影。そしてフェリア中、我々のテントにずっとあそびに来てくれていた日本に興味津々の女の子とそのお友達。彼女は同期が日本語を教えているということで、日本語で名前も書けるし、いくつか単語も知っています。

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活動では、先月まわった学校にアンケートを取り、その回収をすべて終えました。基本はみんな「環境教育は大事だと思う」というようなもちろん前向きな回答はしてくれるものの、具体的なとこまでは踏み込まれていないのですが、なんと1校の校長先生の回答に「私たちと環境教育の授業計画を立てられたら一番良いと思っている」というような内容を書いてくれた先生がいて、こちらが一番期待していた内容を書いてくれました。少し驚きました。そしてダメ元で毎週のクラスを提案したら、積極的にオッケーしてくれて、校長先生とどんな内容にするかとか話すことができました。なんとありがたい。この定期的なクラスを継続できたらいいなぁと思ってはいるけど、始まるのは今週から。定期的なクラスを持つ意味があまり同僚には伝わっていない状況&予定が予定ではないここで、どうなるかわからないけど、とりあえずエクアドル流の勢いに任せてやってみます。

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これは先週あった「el día del recicleje」(リサイクルの日)に合わせて、行われたある学校でのイベント。私は少しリサイクルのお話と、子どもたちとの校庭のごみ拾い活動に参加させてもらいました。この時に知った任地で活動する外国のボランティア団体がもう一つあり、そこで活動するフィンランド人の女性と知り合うことができました。この人と協働できる可能性も十分あるはず。

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最後の写真は、事務室からのいつもの風景。ただ、この天気、太陽が照って、晴天なのですが、実は雨も強く降っているというおもしろい天気でした。写真には雨は映らなかった。

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話のタネ

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 みんなの会話を聞いていると、だいたいよく話してるな~という話題。それは畑と生き物と自然の話。野菜や果物、鶏を育てたりするところをみんなloteやfincaと呼びますが、特にそこで〇〇を育てているんだよなんて話をするときの顔は、なんだかみんな本当に関心を持って、たのしそうに話しているかんじがします。また、fincaは田舎の方(街の中心付近ではなく、車で5分ほど走ったところからは田舎地域になる)にある大きめの農場を指すみたいです。ちなみに前にも書きましたが、ステイ先のママもloteを持っていて、そこでいろいろ育てながら、鶏も飼育しています。

部署には、salomon(サロモン)という同僚がいます。彼はchofer(チョフェール)と言って、運転手さん。市役所には何人かの運転手さんがいるけどサロモンは基本はうちの部署専属なので、よく会うし、その分彼の車に乗せてもらうことも多いです。ちなみに彼は私の任地配属のときに前のカウンターパート・オルランドと一緒に途中の空港まで迎えに来てくれた人。50代?で7人子どもがいて、その分孫もたくさんいます。ちなみに息子の一人は隣の都市ロハを中心にギタリストとしても活躍しているというなんだか異色な大家族というかんじで、彼の娘たちがステイ先の娘たちと仲良しなので、私も友達です。サロモンは今のところ私が知る中で、一番の自然好きかと思います。花とか山とか滝とかね。彼は家でもいろんな植物を育てています。前に処分場に出かけたときの帰り、前のカウンターパート・マヌエルも一緒に居たのですが、サロモンが迎えに来てくれて、「これは内緒だ!」と言いつつ、帰りがけに近くの滝を見に行きました。ただ彼らが見たかっただけというかんじの急ぎ足ツアーでしたが、滝を見ながら「きれいだ!」とサロモンとマヌエルは2人でほんとに興味深そうに話していました。車中でも道路脇の植物や木々を見ながらたのしそうに話します。ちなみにマヌエルも畑や花が大好きでサロモンとは共通の趣味仲間というかんじです。サロモンの話す様子を見ていると、言葉は細かくはわからないけど、ほんとに自然を「愛でる」というかんじが伝わってきてなんだかステキだなと思います。マヌエルもloteを持っていて、そこでスイカとかかぼちゃとかいろいろな野菜と果物を育てています。前に夜のポイ捨てパトロールのときに、畑で採ってきたというかぼちゃを自慢げに見せてくれたこともありました。ちなみに彼の畑にも一度お邪魔したことがあったけど、なっていたオレンジを採って私たちにくれました。

fincaの話とか、若者は興味ないのかな~とか思っても、意外と一緒になって話をしたり、そういう所で日々働いている人も。畑で採れたからと果物をくれたりもします。みんなの生活にいかに身近なことかがわかります。

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あとは自然になっている物を見つける力。エクアドルの中でもオリエンテと呼ばれる熱帯アマゾン気候の私の任地では、標高が高めの山岳地域に比べて、暖かいし、雨もよく降るので、いろいろな種類のフルーツが豊富にあって、たくさん採れます。私には全部同じように見える木も、「あれは〇〇。」「あれは◆◆。」と若者も含めてみんな知ってます。そしてそれを見つけるスピードも、それを収穫するスピードも速いです。私がぼーっと歩いているだけなのかもしれませんが、ここの人たちはこの点におけるアンテナがすごいです。

でも考えてみれば、自然においしいフルーツがなるってすごいな~と思います。そうやって自然に近くにできるおいしいものを小さい頃から食べる習慣があったら、そりゃ詳しくなるか。日本の都市で生活してきた私にはない知識や知恵がたくさんたくさん。

 少し前に任地に流れるサモラ川の対岸地域で開かれたキリスト教関係のお祭り。

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ミサのあとは、スポーツ大会。エクアドル人はこの手の運動会大好き。

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せっかくなので、日本にはないフルーツが任地はたくさんあるけど2つだけ紹介します。

一つ目は「zapote(サポテ)」。柿に似ている。任地ではそのまま食べるか、ステイ先では甘く煮て、牛乳と混ぜて、ミルクスープにしたりもしています。感じはかぼちゃのスープというかんじ。

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処分場の警備員さんをしている同僚のお家にたまたま入れてもらって、そこでいただいたサポテ。

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2つ目は「yarazo(ヤラソ)」。名前からは似つかないとってもおいしいフルーツ。私は大好きなフルーツです。

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皮と果肉の間に粘り気のある乳成分を含んでいて、切ったあとは手に糊がついたみたいにはがれなくなります。なので、切り方や食べ方を間違えると、口がふさがってしまうという少し注意が必要なフルーツですが、味はとってもおいしい。

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話は変わりますが、そういえば今回、マヌエルを「前のカウンターパート」と書きました。マヌエルはこれまで初代カウンターパートであるオルランドの後任となって、うちの部署で責任者として改革を起こそうと様々な取り組みをしてがんばって部署を引っ張っていました。しかし、まぁお給料事情が一番の問題となって、実は1ヵ月ほど前に責任者を自ら降りてしまったのです。ということで先月部署の責任者が変わり、同時に私のカウンターパートも変わりました。「またか・・・」というかんじで、2度目のカウンターパート変更。カウンターパート3代目。なかなかこんな話聞きません。いろいろ思う所はあるけど、思ってもしょうがないし、まぁあまりもう衝撃感もなかったです。私のカウンターパートは基本うちの部署の責任者を務める人になるので、カウンターパートである上司には必要な報告、お願い、質問、相談などしなければいけませんが、あとは私がやりたいことに関係のある人、もちろんこの際初代カウンターパートのオルランドも含めて、自由に動くのもありかなと考えています。もちろん許される範囲内で。そして新たなカウンターパートを一応紹介しておきます。名前は「Juan Carlos Tacuri(フアン・カルロス・タクリ)」。彼も市役所の総合開発局関係の部署での仕事が長いようで、ボランティアの存在を前任者時代から知っていました。私の言おうとしていることを最後まで聞こうとしてくれるので、その点は本当にありがたいし、人間的に信頼のおける人物だと思っています。2代目カウンターパートのマヌエルはいろいろと部署の仕事をがんばっていたし、部署の仕事も詳しかったけど、何より責任者時代はメラメラとマニフェストを起こすぞ的な姿勢がすごかったけど、それもあってあまりボランティアとする活動に関心もなく、私の考えは基本無視だったので、話すということ自体が難しかったけど、それに比べたら、今のフアン・カルロスとのほうが相談したり質問したりという時間が多くなっていることに驚きです。私にとっては良い環境の変化となっているのかもしれません。そしてこのマヌエルは現在、最終処分場における責任者として引き続き部署に関わっています。ただ部署全体の責任者としての役目を終えたというかんじです。なので最終処分場での許可が必要なことなどはマヌエルに確認することになるので、彼とも引き続き関係をつないでいく必要もあるけど。もちろんきっと初代のオルランドだったら、関係がある人へのつなぎまでいろいろやってくれて、というかんじだったとは思うし、限られた時間やどうしても語学の面で圧倒的ハンデを背負っているので、ボランティアにとってそういう環境に越したことはないけど、まぁこうなった以上これもこれでしょうがないです。ちなみに3代目のカウンターパートは少し中継ぎ感があって、彼はこれまでの仕事も引き続き継続しながらの兼任。忙しそうです。それでも私と話すときは私の話を聞こうと、彼自身が言おうとしていることもしっかり私に伝わるように話してくれます。

そんなこんなで、長期的に2つの部署の責任者を兼任するのは厳しいということで、市役所内では長期に担当できる人が上司として着任するだろうと言われています。当の本人も最初はそう言っていて、部署を2つ兼任するというのはまさに寝耳に水というか、「なんで俺が・・・」みたいな戸惑い感がありました。それでも結局まだ新しい人は着任しておらず、状況はいまだ不安定ですが、ホアンカルロスはとても良い人なので、彼と関われたことも良かったということで、引き続きがんばっていきます。

少し高台からの任地の眺め。この眺めは任地の中で都会の風景。少し離れると、もう田舎。夜は星がとってもきれいです。

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