El día de la bandera

先週、9月26日、エクアドルではEl día de la banderaというお祝いでした。

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díaは「日」、 banderaは「旗、国旗」という意味。ということで、「国旗の日」。

これは本当にすてきな行事でした。

f:id:reikomiyahara:20181002111502j:plain市役所のとなりにある公園広場に近くの学校の生徒たちが何クラスか集まり(おそらくこれはランダムに「何年生は参加して!」みたいに言われて参加しているとは思われますが)、軍隊も来て、荘厳なかんじでした。国歌が流れ、国旗の説明のアナウンスや学生による演説も。

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改めて国旗の意味を知ることができる良い機会だし、自分の国に誇りを持つという心も育つ気がします。エクアドルに来て思ったのは、やっぱり自分の国はとても大切だということ。日本にいたときは感じなかったけど、便利とか発展しているとかそういうことだけじゃなく、もともと持っている日本人の性格や性質から培われた文化、習慣や社会、エクアドルで生活しているからこそ感じる日本や日本人のすばらしさも日々実感します。日本人としてのアイデンティティを改めて確認できます。

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軍隊のえらい人のお話のあとで、となりにいた市役所の同僚は「Qué hermosa!!」(素敵、すばらしいわ!)みたいなことを言っていました。みんなちゃんと国に誇りを持っていて素敵です。

 

そして先週の金曜日は国が管轄する環境省(ministerio del ambiente)主催の街清掃イベントが行われました。それに市役所の参加者として私たちの部署も数人参加。

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あとは国の公共事業部みたいなところで働いている人たちや、近くの高校生たち、もちろん環境省(サモラ市に拠点をおいて働く人)の人たちも数名参加していました。ふだん関わらない人と話すことができてこれはこれでおもしろかったです。

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他の都市で活動する環境教育隊員のところでもこの日に同様に環境省主催の清掃イベントがあったらしく、環境省が各地方自治体に働きかけたイベントだと思われます。

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街の中で、ゴミ捨て場になってしまっている川に近い草むらをお掃除。掃除する側になると「なんでこんなことするの?」と心底思いますが、ここはこういうイベントごとのときに定期的に清掃しているらしく(私が着任してからは初だけど)、それでもまた捨てられてしまうという場所。市役所でも「対策を・・・」と言いながらも、実際取り締まるのはなかなか難しそうです。

 ごみ収集車もこのイベントのために特別出勤。このごみ収集車も毎日修理して騙し騙し使っているもの。運転手さんがこの前「Creo que mañana el camión grande se va a morir...」(たぶん大きい方の収集車、明日にでも死んでしまうと思うよ…)と上司に伝えてそのままほんとに故障。その週には他の大きい街に緊急修理に出かけていってしまいました。片道約1日かけて運搬。でもこの絵柄はかわいくて良いデザインだと思います。

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そして今回はまた日本にはないフルーツを紹介。姿かたちはどちらもとても似ていますが、一応別の名前を持つそれぞれ別のフルーツ。

1つ目。「maracuya」(マラクヤ)。

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2つ目。「granarilla」(グラナリージャ)。

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丸い容姿を半分に包丁で切って食べます。どちらもこの中の部分をスプーンですくってそのままでも食べることができ、黒っぽい種のような部分もシャリシャリと食べることができます。でもマラクヤはジュースにしたり、デザートのソースに使ったり、ジュースをビールに混ぜて飲んだり、とバリエーション豊かな使い方をします。

味はどちらも酸味があってジューシー。特にマラクヤの方が酸味があるので、ジュースにすることが多いかなと思われますが、私はどちらもそのまま食べるのが大好きです。ジュースも好きだけど。10個で1ドル、激安。ほんとにフルーツがたくさんあって、しかも安い。オリエンテ地域の魅力の1つです。

だからみんな少しお腹が空いたときとかはフルーツを食べる習慣があって、これはとても健康的で良い食習慣だと思います。

さてさて、今週末から日本にすこ~しだけ一時帰国の予定です。日本で英気を養って、またエクアドルに戻ってこようと思います。

 では~。

夏! サマー!!!

8月中旬頃で一応雨の季節(冬)は終わり、少しずつ晴れてきたかな…というかんじでしたが、それでもなんだか肌寒い日もあったりして、でも、9月中旬頃からここ2週間でやっと乾季っぽい天気が安定的に続くようになりました。f:id:reikomiyahara:20181001010139j:plain

 昼間はカンカン照りに晴れて暑い、朝晩は少し気温が下がりますが、肌寒いというほどではなく、気が付くと1日のどこかで雨が降ってすぐ晴れて…という私が任地に到着した頃の季節です。亜熱帯とはいえ、夏(とても暑い、8月~2月)と冬(雨が多く、肌寒くなる、3月~7月)の違いをしっかり感じるようになりました。

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昼間は何もしていなくても汗ばみます。でも私はエクアドルの中でコスタとシエラとオリエンテだったら、任地があるオリエンテのこの気候が好きです。コスタは、じめっとする暑さ、シエラは高山でまた日差しのかんじが少し違ったり、気温の差が激しく、シエラの景色もきれいですが、私にはオリエンテの気候が過ごしやすいです。 

そして、先日、他の街に住むボランティアがなんと2人も私の任地にあそびに来てくれました。

1人は、首都のキトからさらに北部に少しだけ行ったところにあるコタカチという所で数学の先生をするボランティア。ちなみに同期隊員の1人なので語学訓練時代からの仲間です。でも彼は現職教員制度を利用しているので、同期とはいえ、日本の年度末の学校の暦に合わせ、来年の3月に先に帰国します。

もう1人は、エクアドルの沿岸部の暑い地域、マナビ県の県庁でこの地の特産物の販促広報のお手伝いをしているボランティア。彼は現職企業派遣型という制度を使って参加しており、某お菓子メーカーの営業さんです。派遣期間は1年間。私よりあとに到着したけど、彼も先に帰国します。ちなみに3児のお父さん。

ちょうど私が今も週一で授業を行う学校でのクラスの日とかぶったので、授業をお手伝いしてもらうことになり、2人とも私の任地に南下してくるのにかなりの大移動、疲弊しながらも翌日1日私の活動に付き合ってくれました。習字道具を持ってきてもらって、習字の紹介もして、みんなに書いてもらったりしました。

ひらがなとスペイン語発音の変換表。すごい!!

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一応環境のお話しも少し。

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今学期初めてのクラスだったから、子どもたちにとっては、見慣れない日本人男性もいて、習字を書いて、おもしろい導入になったかなと思います。

f:id:reikomiyahara:20181001013636j:plainステイ先でお昼ごはんを出してもらい、疲労がたまっていたかんじだったので少し休んでから、職場へ。同僚数人に紹介し、最終処分場を見てもらい、ターミナルへ送って解散。

私自身も今後の参考になる良い機会でした。遠い中、最南部まで来てくれてありがとう~!

 

最近のステイ先は、お父さんお母さんがアメリカ滞在中でしたが、昨日無事に帰還。不在中は家はとっても静かでしたが、家の車の部品店は通常営業で息子たちがいつもと変わらず働いていたので、彼らの分と私の分と、平日のお昼ごはんは長女のパティが忙しい中、作りに来てくれていました。彼女の次男、大学生のJuan Diegoもだいたいパティに付いてお手伝い要員になり、お手伝い。大学生だしお小遣いはもらっているかもしれませんが、それでもパティのご用命に「ハイ、ハイ」と素直に応じ、そしてこの9月から学校にあがった末っ子アドレアンのお迎えと、えらいなぁと思います。ここでは親、特に母親の言うことは絶対。お母さんが黒と言えば黒だし、白と言えば白です。

私がお昼に戻るとだいたい学校終わりの末っ子5歳のアドレアンはステイ先で遊んでいるので、お昼ごはんを食べながら彼の様子を見るのもパティがお昼ごはんのために来てくれていた間は日課になっていました。やっぱりこのアドレアンは見ていてとてもおもしろいです。色が大好き、いろんな色を言えるし、絵を描くことも好き、中でもこの前からは虹を描くことにハマっています。そして先日初テストがほぼ満点だったらしく、母パティのテンションMAX、私がおもしろいなと思ったのは、魚とアイスとコーラの絵が描いてあって、どれが一番私たちの体に栄養がありますか?という問題。その問いに彼はしっかり魚を選び、その魚の絵をきれいに色まで塗っていました。やるぅ~。

 

今期は、まずは2校継続的に通うことにしています。1校はこの前紹介したフィンランド人ボランティアのメルヴィが活動していた学校。ここはメルヴィの最後の授業について行ったときに、先生がこれからも来てほしいというかんじだったから、来れる範囲で来ることになりました。この学校がある地域は、任地を流れるサモラ川の向こう側。川を渡って行きます。

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市役所からは歩いて20分くらい。

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ここの地域は週一で回収車が通るだけで分別もないし、それ以前にごみの落ちている量が多いなと感じます。ごみを燃やしているあとも道にたくさん。街の中心からそう遠くないのに、川に遮られていることが影響しているのか、少し発展が遅れているかなというかんじもするし、おそらく経済的にも少し格差を感じます。ということで、ここの子どもたちには直接的に環境教育の授業をするのはやめて、一緒に遊んだり、日本の話とか、遊びとかそういうことを中心にやっていくつもりです。そしてクラスの終わりにみんなでごみ拾いをするという方向性にしました。1回目のクラスはエクアドルでも大人気のドラゴンボールの話、2回目のクラスは折り紙をみんなで折って、色を塗ろうというお遊び、今回はピカチュウの折り方を紹介し、みんなで顔を書き、色塗り。そしてクラスの終わりにみんなで広場をごみ拾い。クラスも小規模だし、なんといっても先生が一緒に参加してくれるのが良いところです。

 

学校。

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折り紙の様子。

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この2人は他の小さな子の分までお手伝いしていました。

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ごみ拾い。

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彼は一番暴れん坊ですが、小さい子の面倒見もいいかんじ。

もうひとつのこれまで行っていた学校は初回は上に書いたように、少し分別の復習と隊員仲間と習字の紹介&体験、2回目のクラスはごみカードを使って分別の練習を行ってみました。

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やっぱりただ説明するより、考えながら実際にできるこういうアクティビティのほうが楽しんでもらえる気がします。ここの校長先生がこの前私の子どもへの接し方がとても良いと思うと言ってくれました。それだけでうれしかったです。エクアドルでは基本先生は割と日本に比べて高圧的というか、権威がある分、強面になって、厳しい態度・行動で接します。注意の仕方もこどもがもっと聴ける言い方、良い成長を促す注意の仕方があると思うんだけど、文化的なものも含めてそういう言い方はあまりしません。「そこまで一方的に怒らなくても…、そういう言い方しなくても…」と思うことがたくさんありますが、この先生はエクアドルにはないソフトな日本人の子どもたちへの接し方を感じ取ってくれていました。ありがたや~。このあたりは教育分野の隊員からもっといろいろ話を聞いて活動に生かしたいです。

そして 現在は市の中心教育機関に巡回申請を出しているところでもあります。申請先の教育委員会的なところからもこれからはアクティビティを混ぜて外とかでやってほしいと言われましたが、どんなかんじになるかはわからないけど、申請が早く下りますように。

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別れの季節?

9月はなんだか私にとってお別れする機会が多かった気がします。

ちなみにエクアドルでも日本のように「お別れ会」をする習慣があります。スペイン語では「Despedida」と言い、「デスペディーダ」と読みます。

まず1人目。「Mervi」(メルヴィ)という女性。前に一度ブログに少しだけ登場したことがありましたが、彼女はフィンランド人のボランティア。任地には私のような外国人ボランティアが他にも数人いて、彼女もその一人でした。この彼女を含めた私以外の外国人ボランティアはみんな同じ一つの機関から派遣されていて、「Humana」というNGO団体のボランティアだそうです。彼らは彼らのメニューで研修などを行い、それぞれ配置されているらしい。細かい彼らの派遣スケジュールとか、どういう形態になっているのかとかはよく分かりませんが、彼女は約6か月間、Yantzaza市に滞在していました。このNGOは私のようにボランティアを市役所の内部に派遣しているのではなく、あくまでNGO組織として独立して活動を行い、プロジェクトを持ち込んで、時には市役所の他の部署と協働しながら働いていました。彼女やこのNGOの存在を知ったのは私が任地に着いてから約10か月後。彼女も私同様、環境教育のボランティアでしたが、上にも書いたようにNGO自体が私が所属する部署とは一切関わらず、彼らが市役所と働くときは他の部署の1人の同僚だけを窓口にしていたようだったので、それまでは私は一切彼らの存在を知らずに、また、知る由もなく生活していました。

今年の5月に「世界リサイクルデー」があり、この日にある学校に行って「リサイクルに関する何らかのクラスをしてね」みたいな漠然とした依頼を受け、行ったことがありました。そしてそこではじめて彼女に会いました。それで知り合ってから、何回か街で見かけたり、2回ほど仕事後にごはんを食べたり。彼女自身6か月という期間だし、あまり環境教育関連の活動がたくさんあるという訳でもなく、でも彼女は英語が話せたので、いくつかのコミュニティで子どもたちに英語を教えたりもしていました。

前に9月くらいまでが活動期間だということを聞いていたので、そろそろかなと思い、連絡を取り、帰るまでに会うことができました。簡単にお疲れ様会のようなかんじで夜ごはんを軽く一緒に食べ、その翌日に彼女は最後のクラスを行うということだったので、ついて行かせてもらうことに。ビデオを映すためのプロジェクターがあればいいなと言っていたので、市役所で借りたものを提供したりして、私も少し参加させてもらうこともできました。

彼女の最後のクラス。

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彼女も違う国の人だけど、それでも、ラテン文化に対して同じように衝撃を受けていたりとか、異国に住む外国人という点、活動の進め方の難しさとか、お互い拙いスペイン語ながらも話を聞いていて、共感するところがたくさんありました。ちなみに彼女は任地で自転車とスマホを盗まれています。私も気を付けなければいけません。彼女以外のNGOのメンバーでまだ残る人はいるらしいけど、彼女は9月7日で終わり。いつかどこかでまた会える気もします。ヤンササ生活おつかれさま。元気でね。

 2人目。それはエクアドル南部の会「ロハ会」のメンバーが2人、無事に2年の任期を終え、日本帰国を迎えます。ということで先週末先輩隊員2人のお別れ会をロハ会の聖地であるロハで行いました。2人ともロハ市内隊員でした。

私が着いたときから、いろいろ教えてもらって、本当にお世話になりました。

1人目は看護師の隊員さん。2人目は障がい者支援の隊員さん。ほんとにいつも頼ってばかりだったので、これから寂しくなりますが、私も2人のようにしっかり任期を全うできるように残りの期間、過ごしていかなければいけません。また日本で会えるでしょう。

手作りのおつかれさまミルクレープ。

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協力隊は年に4隊次あります。それぞれ2年の任期で年に4回派遣の時期があるということは、年に4回帰国の時期もあります。だいたい3ヵ月おき。今回見送る2人の前の隊次の先輩たちはこの前の7月あたまに帰国されましたが、このときもロハ会から1人帰国され、あっという間に今回のお別れ会。2隊次続けて合計3人もロハ会からお見送りし、一気に人数が少なくなってしまった気もするけど、残りのメンバーで引き続き盛り上げていきつつ、予定されている新メンバーの到着も心待ちにします。

 

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そして3人目。正確には1.7人分くらいと言った方がいいのかな。0.7人分は4歳の男の子と8歳の女の子。ステイ先の家族です。ステイ先の一番下の娘、ヒメナとその子どもたち。ヒメナの旦那さんは私が到着した頃にはすでに単身アメリカで働いていました。そして今回のタイミングでヒメナが2人の子どもたちを連れて、アメリカへ生活の拠点を移すことになりました。もちろん行ってからいろいろな手続きがあるようで、住めるかはまだ100%ではないとは言われましたが、おそらく住めるだろうという見解を家族のみんなも持っているようです。いろいろな背景があるとは思うけど、私がこのニュースを聞いたのは1週間ほど前、あまりオープンにしていなかったし、小さな街の任地ではすぐにいろいろ広まるし、前に市役所の同僚から私が突っ込まれたこともあったくらいなので、きっとギリギリまで黙っていたんだろうと思います。それか単にそもそもこういう大事なことは前広にはしない習慣なのかもしれません。なんとなくみんなの会話を聞いていたら、「もしかしたら…」と感じたこともあったので聞いたら教えてくれたとは思うけど、あまり突っ込んで聞くのも憚られたので、そのままにしていました。このブログを書いているのはエクアドル時間9月17日月曜日の朝ですが、2日前15日の夕方にみんな出発していきました。今回アメリカにはステイ先のお父さんお母さんも一緒に。もちろんお父さんとお母さんは帰ってきます。旅行と、これから始まる娘や孫たちの新生活の様子をきっと少し見ておきたいという所もあるのかなと感じます。出発2日前には平日でしたが、夜みんなでステイ先に集まって、簡単な夕食会。恒例になりましたが、私も日本好き青年のDavid(14歳の孫)と1曲贈りました。そして出発当日、長女と旦那さんが交代しながら空港があるグアヤキルまで約10時間ほど陸路の旅、そしてそこから5時間ほどの空路の旅へ向かうため、バタバタとお別れをしました。ここでは家族のつながりがとても深いし、いつもみんな一緒にいることが当たり前という習慣、環境です。みんな涙ながらにお別れ。今回一緒に旅立ったヒメナの子どもたち、8歳の女の子(エミリー)とはよく遊んだし、その弟、4歳の男の子(ヴァレンティーノ)も小さいながらにちゃんと私を認識し、名前も呼んでくれて、週末はよく一緒に遊びました。ヒメナとエミリーには千代紙で折った着物の小さな折り紙を渡すと、ヒメナは明るく「Para mucha suerte!」(幸運のお守り!)と言いながら受け取ってくれて、エミリーはとても喜びながら、でもすぐ後ろを向いて私に見えないように少し涙を流していました。2人の子どもたちは少し生意気でケンカしたこともありましたが、それでも懐いてくれて、私にとって良い遊び相手にもなってくれていました。

そして別れ際。現在ステイ先にはお母さんのママも住んでいます。ステイ先ではみんなにおばあちゃんと呼ばれていますが、2週間ほど前までは隣にあるお母さんのお兄さんのお家にずっと住んでいたのですが、いろいろ内輪の事情があるようで、最近こちらで過ごしていました。高齢で歩行器で家の中を歩くのがやっと、でも食事は自分で部屋から出てきて、お母さんが作ったごはんをリビングで食べています。最後にこのおばあちゃんとも旅立つみんなはご挨拶。ステイ先のお母さんお父さんは2週間経たないうちに帰ってきますが、ここはエクアドル。このおばあちゃんにとってはきっと海外に飛行機で行くなんてまだまだ想像がつかないのか、ほぼ一生のお別れのように涙を流して悲しんでいました。「私たちは帰ってくるから」とお母さんお父さんはおばあちゃんをなだめながらも、お母さんも少し泣いていました。やはり個人個人いろいろな思いがあるのだと思います。この様子を見ると、やはりまだ日本のように海外旅行だったり、海外に行くということが身近ではないのかなということを感じました。ましてやここは首都から一番遠い県。そりゃ、おばあちゃんにとっては不安に感じるのかもしれません。

ヒメナのお誕生日をみんなでお祝いしたとき

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エミリー。これはおばあちゃんのお誕生日会をしたときの写真。

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エミリーの弟、ヴァレンティーノ。私が任地に着いたときから約1年が経過し、階段も1人で登れるようになって、ごはんも1人で食べれるようになるほど、この1年の成長が早い早い。

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ということで予想外にお別れシーズンとなった9月。

ここエクアドルで、フィンランド人、日本人、エクアドル人、それぞれ別れもあればみんな新しい旅立ち、新しい生活が待っています。それぞれ楽しい日々を過ごせますように。

 

そしてまったく話題は異なりますが、来年の3月にエクアドル全土で次期県知事、市長選が迫っています。それに向けて特に約2か月前ころから少しずつみんなの話題に上るようになり、最近では集会なども開催され活発になっています。ここでは家族や親戚のつながりが太いから、おそらくそういう関係で誰を支持するとか、あとは市役所内の人間関係で誰を支持するとかいろいろあるようです。こういうところを見ると、ミクロな世界だけに、日本に比べて候補者が自分の生活にすごく身近で、直接的です。前にエクアドルの男性の好きな話題は「サッカー・政治・女性」の3つだ!と力説されたことがありますが、政治関係の話は尽きないといったかんじで、よく話しています。というか、政策を論評したり、誰側につくとか、自分の意見をかっこよく述べるとかが単に好き。日本の戦国時代のような雰囲気さえ感じます。前に県知事選挙の集会が州都サモラ市であったときは、その集会に参加するため任地から何台もバスを出して人々が隣町に移動していました。任地から全員が移動しているのではないかと感じたほど。ちなみに現市長の後押しを受けてこの派閥から任地の次期市長選に出馬するのは、現在市役所の公共物関係の部署をマネジメントしている女性です。

きのうも任地で歩いていたら、他の部署の同僚に会い、これから隣町に行くから一緒にどう?と誘われ、ついて行くと、家族関係のつながりを広げたこれもまた次期市長選に関する小さな会合でした。ここで出会った隣の州の市で市長をしている男性とその奥さんは最初はあまり打ち解けないかんじでしたが、最後いろいろ話を聞いてくれ、特に奥さんは日本と中国の違いをすごくわかってくれていたなぁ。

私は選挙自体には無関係ですが、任地で選挙の様子を見られるのが今から少したのしみです。

paseo

paseoとはスペイン語で「お出かけ、お散歩」という意味です。ちょっとした旅行というかんじにも、少しそこまでお散歩というかんじにも使う、幅広いかんじ。

最近のパセオについて書きます。

まずは2ヵ月ほど前に行ったエクアドル海岸地域パセオエクアドルの海岸地域のことをコスタ地域と呼びますが、これまでは先輩の任地であるトロンカルという所やエクアドル最大の街・グアヤキルへの用事で行ったくらいで、あまり海沿いに来た!という所までは行ったことがありませんでした。

今回、グアヤキルに住む日本人の方にアテンドしてもらい、私を含めて4人の隊員でエクアドルの海にあそびに行くぞ!と行ってきました。

 

行った場所はプエルトロペスという場所。プエルト(puerto)とはスペイン語で「港」という意味で、海岸沿いの地域には今回行ったプエルトロペスのように「プエルト〇〇」という名前が付いている場所が多いです。

グアヤキルの中心地から車で3時間ほど行ったところからいよいよ海岸沿い。そこから少し山を抜けプエルトロペスに到着。

f:id:reikomiyahara:20180829054302j:plain1泊2日のプエルトロペスの旅でしたが、朝から動いたので、内容はとっても充実していました。

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f:id:reikomiyahara:20180829054241j:plain着いて朝8時、朝食を食べて、少し浜を見ながら、港へ。そこから無人島「Isla de la plata」(意味は直訳すると「銀の島」)へ船で移動。エクアドルにはたくさんの珍しい動物が生息する世界遺産ガラパゴス諸島がありますが、この島はミニガラパゴスと呼ばれているほど、貴重な種が生息しているらしい。私はそんなに動物に詳しくないし、貴重な動物をみて感動するのかな~と思いながら、島に上陸。ガイドさんに付いて、島を歩くと、いきなり見たこともない驚きの鳥に遭遇。その名も「アオアシカツオドリ」。その名のとおり、足が青い。しかもきれ~いな水色、ターコイズブルー。きれいで見とれる色です。

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卵を温めています。

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白いほうはまだ大人になる前、もう少しで親鳥と同じ色になるらしい。

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ここは国の国立公園になっているだけあって、鳥たちの管理もしっかりされているかんじでした。ただ島の入り口の反対側の海岸沿いにはごみがたくさん流れ着いていたけど。

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 島を1周して、船に戻り、ここからは少しシュノーケリングとホエールウォッチング。私はほぼ初めてのシュノーケリングだったので、少し戸惑った部分もあったけど、きれいな魚たちとウミガメが泳いでいる様子を見ることができました。

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そしてそしてクジラ!すごい迫力でした。まさかこんなに身近で見れるなんて思ってなかったので驚き。

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ただ、行きも帰り激しい船酔いでかなり疲弊。小さいころいつもしていた車酔いも最近はほぼなくなったので、いけるかな~と楽観的に構えていたけど、やはり船はまったくダメでした。ほんとに死ぬかと思うほど気持ち悪くて、途中クジラが見れない瞬間もあったのが残念だった。一緒に行ったボランティア仲間と同じ船に乗っていた欧米人グループはだいたい大丈夫そうでした。みんな強いな。次回以降の船は必ず酔い止め飲もう。

そして夜ごはんには海鮮を食べて、海沿いをたのしみ、翌日早朝、港で魚を仕入れて帰路に。

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帰りに寄った「Montanita」(モンタニータ)という海岸。ここは外国からもサーファーが集まるという、ファンキーな街。でも佇まいはなんだか東南アジアを感じさせる雰囲気でした。

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他のボランティアも合流し、みんなでグアヤキルのお家でお昼ごはん。そして翌日朝に任地に向け出発。船酔いを除けば充実した3日間。海沿いの自然も見に行くことができて、すてきな体験でした。

 そしてもうひとつは最近のパセオ

先週の金曜日は、市役所内でのイベントパセオがありました。これは半分は「大人の社会科見学」、もう半分は遊びです。市役所の健康管理室のような部署と観光課が開催、ふだん市役所の職員たちは仕事によるけど、オフィスワーク中心になる人も多いので、少し出かけましょうという趣旨なのかなと理解。8月頃から毎週金曜日に開催されています。そしてちょうど先週が私が組み込まれた週。

これは同じ市役所の他の部署の仕事紹介と観光場所の紹介も兼ねていると思われます。まず市役所を出発し、下水道管理課が管理する水のタンク施設へ。

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施設と言っても、水のプールがあるのは屋外、人が働くところに少し屋根が付いていたりというようなイメージでした。でも見ると、もちろん浄化するところでは機械のようなものが置かれていたけど、その他、水がそれぞれ溜められるプールのようなところや流れていくところではまだまだ人力が駆使されているんだろうなという印象でした。これでは少し大雨が続いたら、断水するのもわかるかも…と私は感じました。

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そして続いて、市役所が管理する屠殺場へ。ここには前に一度訪れたことがありましたが、今回はこのパセオ用にしっかり見せる仕様になっていたので、いろいろ仕事を見ることができました。

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そして次はいよいよ私たちのホームでもある最終処分場へ。

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前も他のグループが回る日に私がたまたまここに居たことがあって、そのときもそうでしたが、やはり処分場に来ると他の場所とは少し違うニオイ、特にコンポスト場のあたりは生ごみのニオイもするので、このニオイに慣れないとみんな顔をしかめたり、早々に車の方に戻っておしゃべりをしている人もいました。これは水タンク施設でも同じで、みんな早々におしゃべりを始めて、同僚が話してくれる説明を聞かずにひたすらおしゃべりをしている人もいました。日本だとここまで直接的に「私の興味のないものは興味ない」とわかってしまう行動や態度はそこにいる相手のことを思うと少し憚られますが、あまり「思いやり」という概念がないので、彼らにとってはふつうのことなんだろうと思います。それに実際にこの水タンク施設にいた同僚は仕事の説明しながら、「俺はあの態度は好かない」と話していたりと、こういうところからもほんとにここでは「みんなで」「みんなと」という概念は薄く、それぞれの願望のままに動いて、それに対して自分はどう動くかどう述べるかも自由。個人主義です。こうやってその場その場ではっきり好き嫌いを表現できるところは私ももう少し見習ってもいいのかもしれません、もちろん場面場面によってだし、日本ではもう少し空気を読む必要もあると思います。

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この乗り物は「lanchera」(ランチェラ)と呼ばれており、市民の交通の足機能も果たしているバス。このパセオ用に1台市役所が用意してくれます。

そしてこの最終処分場までで午前中終了。午前中で市役所の仕事を知ろうのパートは終了し、昼食。

そして午後はハイキングへ。車で40分ほど登っていくと、滝スポットがいくつかあり、そのうちのひとつへ。今回行ったこのコースは私もまだ知らなかったコースだったので、今回みんなと行けてよかったなぁと思います。

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昼食は滝の入り口の近くで。どのコースにするか話し合い、それぞれ自己紹介も。「中国人か?!」と言われたときの「ちがうよ!日本人だよ!」という決めゼリフの返し方があるのですが、そのやりとりを知ってくれている同僚がいたので、私の自己紹介時に、横から振ってくれます。そしてみんなで爆笑。

市役所の「trabajo de acción social」という部署があります。直訳すると社会活動の仕事ということになるのですが、見ていると仕事内容は、保育園の運営管理、高齢者介護施設の運営管理、障がい者と高齢者支援の活動というのが主な仕事のようです。ここで働く人たちが今回私たちのグループには多くて、市役所イベントの時はいつも駆り出されているイメージですが、前にもイベントのときに一緒に料理を作るのを手伝ったりして、顔見知りだったりしたので、今回もさらに顔見知りになることができてよかったです。

そして1時間ほどのハイキングコースの滝の様子。

f:id:reikomiyahara:20180915054154j:plain自然大好きオジサンのsalomon!前にも一度紹介したことがあります。うちの部署の運転手さん。市役所で働く前は救急車の運転手さんだったそうな。 

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日本の友人が出発前に餞別でくれた長靴ブーツ。これがここで大好評。任地では黄色の工事現場のおじさんが働くときに使うような固いがっちりした長靴しか種類がほぼないので、やはり特に女性に人気。

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そしてコースを抜けて帰路へ。

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そして昼食を食べた所に戻り、少しお酒を飲んで盛り上がる。踊りとね。

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さてさて、9月も後半になり、学校での活動が少しずつ始まりそうです。

今日は新年度一発目、「primero de mayo」(プリメロ デ マヨ)という機関での授業を行いました。「プリメロ デ マヨ」とはプリメロが「1日」、マヨが「5月」。ということで日にちが学校名になっています。5月1日はエクアドルでは「労働・仕事の日」。このように、日にちが学校名になっていたり、通りの名前になっていたりすることがとても多い。ここは市内の教育機関のひとつで、市内でも一番大きい学校機関かなと感じます。エクアドルの学年制度は今もよく理解できていない部分も多いのですが、一応整理してみると、学校は1年生が6歳ころ(日本で言う小学校1年生)から始まります。その前に2年ほど幼児クラスがあるようです。そのあとこれは10年間続き、日本でいう中学3年になる歳まで、合計10年間educación basica(直訳すると基礎教育、日本で言う義務教育にあたると思われますが、ここでも義務化されているかは不明)があります。そのあとは高校(colegio、bachillerato)に行きます。高校は日本同様3年間。それでここが少し私には分かりづらいのですが、各基礎教育機関がそれぞれ10年間用意できているとは限らず、学校によって7年までとか8年までとかになっています。言い方を変えると1年生から始まる基礎教育機関は機関によって、7年までとか8年までとかしかありません。その場合、9年クラスや10年クラスがある教育機関に日本で言う編入のような形で継続して通うことになると思われます。今回私たちが訪れた学校も基礎教育8年生から高校3年まで用意されている大きな学校で基礎教育の途中からの学年と高校(colegio)が一緒になっている大きな学校。ちなみにそのあとは大学、日本とは異なり通常大学は5年通うそうです。大学で学んだと言う証明の称号を得るための活動、これにお金がかかると聞いたことがあります。なので、任地で見ていると、大学に行かずに働いている人も多いし、日本のようにアルパイト社会でもないので、それぞれの都合で大学に行かない選択をしている人も多いです。でもその場合安定した収入が得られる仕事には就くことは難しいと思われます。これは日本同様といったらそれまでだけど、大学に行かない人の割合は日本に比べたら相当高いと思います。

この6月まで私が週一の授業をしていた学校(ここは少し田舎の基礎教育機関)で会っていた子に今回行った学校で会い、「reiko~!!」と寄ってきてくれたので、話すと、この9月からこの「primero de mayo」に進級したんだとのことでした。

この授業をすることになった経緯は、前市長が現在ここで先生として働いていますが、この前市長が環境コースを1クラス担当していて、そこで週一での生徒たちとの活動依頼を市役所の私たちの部署にしてきたという経緯です。あ、ちなみにこの前市長さんはステイ先の義理の息子さん、ステイ先の長女の旦那さんでもあります。

 今日の様子。

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始業式と運動会

さて、9月に入り、子どもたちの学校生活も続々と始まっているかんじです。ここでは9月が新年度の始まりなので、新たに学校に入学する手続きや進級の手続きとか、いろいろ少しバタバタしているかんじもしますが、それでもステイ先の孫たちや道ですれ違う知り合いの子に「学校はいつから始まるの?」と聞くと、わりとみんな「知らない~♪」みたいなゆるい返事が返ってきていました。うん、いつまで経ってもよくわからない。何なんだろう、やっぱり掴めないよな、このほわっとしたかんじ。

それでも、きのう今日くらいから続々と生徒が登校しているようで、市役所に一番近い学校(Juan XXIII)では始業式のようなものが開かれていました。これは始業式兼入学式のようなかんじっぽい。この学校は小学校から高校まで同じひとつの教育機関になっており、日本でいう中学までの学年を修了し、高校が始まる子にとっては入学式、それ以外の子にとっては始業式のようなかんじかと解釈しました。エクアドル国歌斉唱もありました。
日本とは制度もいろいろ違うので細かいところまでは理解できませんが。同僚が自分の子どもが高校にあがる歳で、ちょっと出かけようと言われ、巡回の途中に学校へ立ち寄り、私も同僚と一緒に見物。こうやって仕事の合間にプライベートなことを持ち込むことができるのもここならでは。むしろみんなそうかな。良いなと思う面ももちろんありますが、仕事とプライベートを分けるという概念、そもそも分けた方がけじめがあるよねという考え方もないんだろうな…と見てて思います。他の同僚は、巡回に行くと出かけて行き、建築中の自分の家ばかり偵察に行ってるしね、気になるのはわかりますが、仕事しなよと思います、まぁでも彼は私にとても親切で人柄はとても良い人です。

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 来たい人は親たちも見学。見ているとエクアドルの親たちは心配症というか過保護というか、日本とはまた違う観点で自分の子どもに対して「そんなところまでやってあげるの?」と思ってしまうところがあるけれど、きっとこれもここの距離感ですね。

今後の活動のためもあり、学校が始まったということで、週一授業の学校へ行き、私もまた校長先生に挨拶してきました。

そして、キトから戻った週、8月29日~31日、水曜日から金曜日までの3日間、県内の市役所対抗運動会が開催されました。この大会は市役所にとっては、年に一度の大きなイベント。

 

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私の任地がある県はエクアドル南部の赤い部分、サモラ・チンチペ県ですが、ここを拡大すると、こんなかんじに州が分かれています。

 

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青い部分が任地があるYantzaza州、ちなみに州の中に市があります。
この県内にあるすべての州がひとつの市に集まって、スポーツ大会を行います。と言っても大会種目は、サッカー、バスケ、バレーボールの3種目。ほんとにエクアドルの人たちはこの3種目が大好き。エクアドル人、言った次の瞬間にはもう違うことをしてたりとか、いろいろなことに飽き性だなと思う側面は多々あるのですが、この3つのスポーツに関しては、人生を通して熱中しているのではないかと思わせるほどいつもこの3種目で競っています。今年の運動会の開催地はYacuambi(ヤクアンビ)というところ。任地の左となりの州で、車で1時間半ほど。ヤクアンビはアスアイ県との県境で、このアスアイ県には私たちが任地配属前に1ヵ月過ごしたクエンカという大きな街がある、シエラ地域の県です。ヤクアンビは任地よりは少し標高が高く、シエラ地域のインディヘナが多いんだよと周りに言われて、任地と同じ県内、オリエンテ地域に属するのになんでだろう…と思いながら訪れましたが、行ってみると到着までの道は登り坂で、ほんとに少し涼しく、山岳インディヘナも多かったな~。改めてこう地図を見ると、シエラのアスアイ県に接してるだけあります。こうやって人が流れてきたんだなと納得。アスアイ県に入る主な手段は長距離バスでロハをいったんぐるっと経由する経路なのですが、そういえば前にこのアスアイ県とヤクアンビの間に日本大使館の草の根支援で建てられた橋があり、クエンカとヤクアンビの交通の便が良くなったという話を聞いたことがあったけど、きっとここのあたりのことを言ってたんだなと、今回その話がつながりました。

 運動会開会式の風景。

 

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学校の始業式同様、ここでも国歌斉唱を行っていました。f:id:reikomiyahara:20180905065624j:plain

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聖火を持っている男性が山岳インディヘナのひとつ、サラグロ族と呼ばれる人たちです。男性も女性も、髪の毛を長くして、うしろで三つ編みしています。サラグロ族という名前のサラグロは地名から来ています。いつかそこを訪れたら、彼らについてさらに紹介します。

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サラグロの女性がクイ(ハツカネズミ)を焼いています。

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このモデルのような佇まいのかわいい彼女は市役所の同僚です。これは「マドリーナ」と言って、必ずスポーツ大会の各チームに配置される女性。主にはそれぞれのチームから選出されるので、彼女も同じ市役所の中から選出されているし、他に出場している市役所たちも、それぞれ自分たちの市役所からマドリーナ役になる女性を選出。それぞれみんなきらびやかに着飾っていました。他の国がわからないのですが、これもここならではの慣習ですか?きっと「チームを見守る女性」的な立ち位置、キリスト教の何らかの何かに関係していると思われるのですが、そういうことを含めても、う~ん、正直私にはマドリーナの存在意味がわからない。もちろん着飾っている女性たちはみんな美しくて見惚れますが。

開会式後に集合写真。

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開会式後の気合い注入。

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「これは労働の一環だからがんばろう」みたいなセリフが印象的でした。このセリフの裏には、この3日間はふつうの平日だけど、この選手にエントリーしている職員たちはみんな市長から仕事を休んでこの運動会に参加してもよいというお達しが出ているから、みんなまじめに全力で戦ってねみたいなことを言いたかったんだと思われます。でもみんなもちゃんとまじめに聞くから、やっぱりスポーツ文化がとっても大切にされています。

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 昼間は総当たり戦でそれぞれの州と各種目激闘し、夜はお酒飲んで、みんなで踊って騒ぐという、まぁお決まりの楽しみ方です。

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同僚(48歳)、サッカー得意と言っているだけあり、試合開始後すぐにゴールをたくさん入れていました。ちなみに彼がここ最近仕事の合間に建築中の自分の家の偵察に夢中の同僚。エクアドルでは、日本で中年と呼ばれる年齢の人たちも機敏に動いて運動をこなすので、すごいなと思います。もちろん男女ともに、体型も関係なく。

 

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 暗くなると、コートの電気が点かなくて、一時中断、このまま延期か…とも囁かれましたが、無事に電気が点いて試合再開。

開催期間の3日間とも開催地ヤクアンビに泊まるという選択肢もあり、まぁ1日くらいは泊まってもいいかなとも思ったけど、これまでの経験上、エクアドルの人と宿泊をともにすると間違いなくサバイバルになること間違いなしと予想でき、私はそれまでのキトでの公務の疲れが少し溜まっていたし、朝6時出発の眠気に勝てず、1日目だけ行って、その日の夜に帰るという人の車に乗せてもらい、初日の夜に帰宅しました。

 

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そして、大会結果、なんだかんだヤンササチームは総合優勝したらしいです。ということで、試合に出ていた同僚何人かには一応「Felícitaciones! General campionato!」(総合優勝おめでとう!)と声を掛けておきました。うん、おめでとう。

日本では台風や北海道地震など、やはり今年は自然災害が多いなと感じる年です。少しでも被害が最小限にとどまることを祈っています。

ではまた。

中間報告会と日本祭り


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1週間ほどの首都滞在が終わり、無事に任地に戻ってきました。今回の滞在目的は、健康診断や安全対策のお話など諸々の会議、そしてなんといってもメインは中間報告会と「日本祭り」への参加でした。中間報告会は派遣1年を迎えるボランティアの活動発表の場、ということで私も報告対象者として、1人15分、配属先の同僚とスペイン語で発表。報告形態はいろいろ自由でしたが、まぁふつうに私がはじめに10分ほど報告し、そのあとで同僚にコメントをもらう形にしました。

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緊張したけど、他の隊員にも聞いてもらえて、発表もできて、いい機会、いい経験になったと思います。今回の報告対象者は私の隊次である2017年度1次隊9人と、私たちの3か月後に到着し、まもなく1年を迎えそうな2次隊7人の合計16人。前回聞いた中間報告会は4人だったので、これまでに比べたら人数が比べ者にならないくらいに多く、ボリューム満点の報告会でした。環境教育の同じ職種以外の隊員の活動は同期を含めてもなかなかじっくり聞いたり写真を見る機会がないので、みんなの発表が直接聞けたのもすごくよかったです。半年前の先輩隊員の前回の報告会では、「中間発表、何話せばいいの?」状態でしたが、気づくともう自分たちの報告会が終わっているので、時間が過ぎるのは早いです。

2017年度1次隊の同期9人。まずは1年を変わらずこのメンバーで迎えることができて何より。

f:id:reikomiyahara:20180829083420j:plain中間報告会が無事終わり、気持ちの面ではだいぶ軽くなり、そのまま翌日から2日間は「日本祭り」に参加。本来例年はもう少し早くこの報告会が開かれており、他の国の同期達は少し前にすでに続々と中間発表を終えていました。エクアドルは今回この日本祭りに合わせてJICAの公務を設定し、お祭りでの活動も公務に組まれていたので、他の国の同期隊員から比べると少し遅めの報告会でした。

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手前の白いドームの中がお食事処。お寿司、ラーメンなどもありましたが、高かったので見物だけ。「厳選」という看板がおもしろい。
この「日本祭り」は前にも書きましたが、エクアドルと日本の外交関係100周年をお祝いする大きな行事。8月25日26日の2日間、8月26日にちょうど100周年目を迎えました。

開会式での一枚。関係者要人による「鏡開き」。日本大使や大使館、外務省の方、実行委員長、さださんも奥にいらっしゃいます。

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会場の中にはたくさんの日本関連のブースが集まっていました。主に私達ボランティアがお手伝いさせてもらったのはもちろんJICAブース、と、その他、書道コーナー、ゆるキャラの展示コーナー、日本の伝統おもちゃの展示コーナー。

ゆるキャラマップ。なんとエクアドルにもゆるキャラがいたということを今回知る。

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この中でも私がお手伝いさせてもらったのは、JICAブースの中の環境教育コーナーと日本の伝統おもちゃの展示コーナー。環境教育ブースでは生ごみの堆肥化手法コンポストの紹介とか私達がどこの街で活動しているかとか、古新聞で折り紙の紹介とかを行いました。

JICAブースに構えられたお神輿。

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各環境隊員マップ。

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コンポストコーナーに人が群がる。

新聞紙再利用方法の紹介ボード。

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1日目は法被で。

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2日目は浴衣で。

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日本のおもちゃコーナー。意外とスペイン語で説明するのがおもしろかった。

そしてJICAブースの中の環境教育部会コーナーのお隣は医療部会コーナー。簡単健康診断を行っていたり、それぞれの食事やジュースのカロリーやお砂糖の含有量の見える化の展示もあって「へぇ~」と思うことがたくさんでした。みんながんばってたな。

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お祭り1日目の開場前に現地に到着、開場まで2時間ほどブース設営の準備。会場には音楽ステージもありましたが、そこでは様々な公演が行われていました。そこで1日目の開場とともにNHKさだまさしさんの番組「生さだ」の生中継収録が始まりました。

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環境教育ブースにそこまで人来ないでしょと、その間に生さだ見に行こうと思っていたら、意外にも開場とともに環境教育のブースにも人だかりができ、収録観覧どころではなくなってしまいましたが、みんな思った以上にコンポストに関心を持ってくれたりして、よかったよかった。交代の時間を使って、会場内も見学しつつ、感動したのは久しぶりの抹茶アイス。日本のコンビニで買えるような棒アイスがこちらでは30円~80円ほどですが、さすがお祭り会場価格、抹茶味ということもあり、3ドルとかなり高騰していましたが、買ってよかった。ほんとに日本の抹茶アイスでした。他のごはんはすべて高値だったので、帰ったら本物の日本のごはんがいつかは食べられるので今回は断念。

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たなばたの紹介。

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f:id:reikomiyahara:20180829113252j:plain「私と家族が健康でいられますように」みたいなことが書かれています。

おみくじコーナー。

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2日目にはもうひとつ大仕事が。それは隊員の音楽隊グループ「Sushi Mixto」での参加。さだまさしも歌う音楽ステージでの演奏というなかなかに大きな機会をもらうことができ、前々から準備していました。もちろんふだんは別々の任地にいるので合わせることができず、首都にみんなで集まったこの数日のタイミングで合奏練習だったので練習不足はもちろん否めないけど、それでも今回はと、いつにも増して、みんなで合わせて練習し本番に臨みました。一応曲目を紹介すると、「ドラえもんのうた」⇒私たちの紹介⇒「花は咲く」⇒「上を向いて歩こう」⇒「Yo nací en este país」をボランティアのみで演奏。そしてそのあとでJICA事務所のスタッフの方々の歌と一緒に「涙そうそう」と「A mi lindo Ecuador」を合同演奏、というなかなかにおおがかりなステージとなりましたが、ボランティアのみんなの客席からの応援(サクラ)もあり、エクアドル人も含めてみんな盛り上がってくれました。

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そして演奏のあとは夕方まで環境ブースとおもちゃ紹介のブースをお手伝いし、最後はいよいよさだまさしコンサート。この時間からはブースを閉めてもいいよとありがたい指示をもらい、片付け後、みんなで歌を聴くことができました。歌ももちろん素敵だったし、これを機にみんなでさだファンになったかんじです。あとはトークもとてもおもしろかったな~。となりに日本人のスペイン語通訳ボランティアを置いてのトーク形式で、その通訳さんとの掛け合いがおもしろかったのと、何よりその通訳さんの訳し方が聞いていてとてもおもしろかったし、しっかりエクアドル人のウケも取っていて、海外のこういう舞台に慣れているんだな~と感じさせました、さすがプロというかんじでした。歌詞も大画面にスペイン語訳が出ていて、スペイン語を勉強している身としてはそれだけでもとても興味深かったです。そしていよいよフィナーレ。さださんの最後の曲から、盆踊りができるように構成されていて、みんなで盆踊りを踊り、閉会。

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エクアドルでバナナ農場を経営する「田辺さん」のブース。田辺さんは今回のこの100周年祭り実行委員会の委員長です。

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屋台コーナー。テントの上には「Ecuador y Japón, siempre países hermanos」(エクアドルと日本、いつも兄弟の国)というなかなかに熱いフレーズ。

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エクアドル人と折り鶴を折って、その写真とともに折り鶴によるエクアドル日本の国旗看板。これがメイン会場の入り口に飾ってありました。私も配属先での写真を送ったところ何枚か採用され、このうしろの写真たちの中に市役所の同僚のみんなと撮った写真が貼られていました。

環境教育部会メンバーで最後に一枚。

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という、内容盛りだくさんの大盛況のイベント。こういう記念の時にエクアドルにいることができてよかったなぁと思います。任地に戻ってから、ステイ先の家族や市役所の同僚にも「ニュースに出てたよ!キトの日本のお祭り!」みたいなことを言ってもらったのでなかなかにやはり大きなイベントだったのだと思います。

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JICAブースでお手伝いしていたときに、エクアドル在住の日本人のおじさまに声をかけてもらいました。エクアドルの前の大統領は中国贔屓だったけど、今のモレノ大統領は日本贔屓らしいので、これからもっと親交が深くなるかもねなんて言っていました。ちょうど中間報告会での大使のお話にもあったように、現在モレノ大統領の来日計画もあるようなので、【エクアドル×日本】これからも注目かもしれません。

待望の!

これまで隊員がいる一番近い隣の県の都市ロハまで山を越え3時間ほど、地方の田舎で一人ひっそり暮らしてきた私ですが、ついに、ついに、先日同じ県内のサモラ市に新隊員さんが到着しました。サモラに隊員が来ると聞いたのが3ヵ月ほど前、それから首を長くして待っていました。順番で言うと、ロハ⇒(1.5H)⇒サモラ⇒(1.5H)⇒ヤンササというかんじの流れでの移動になるので、サモラはロハとの中間地点。任地があるサモラ・チンチペ県の入り口の街、県の州都(県の中にいくつかある州の中心、県庁が置かれている州)です。でもこれで任地から1時間ちょっとのところにも仲間ができました。私が到着する前にサモラには一人隊員がいたときがあったそうなのですが、私が到着した時にはすでに帰国されてしまっていたので、私にとってはという点ではじめての同県内の隊員仲間です。
ということで、来週は1週間首都に行くし、早めに会いたいな~と思い立ち、今日サモラでお会いすることができました。いろいろお話できたのでよかったし、たのしかったな~。ロハまでは日帰りだとバタバタするし、なんだかんだ往復のバス代を考えると、日帰りするのはもったいないのですが、サモラだったら現地のみんなもそうしているように、ちょっと行って帰ってこれる距離で、ほんとに気軽に会いにいくことができます。とってもうれしい。

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サモラのcentroの教会。

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となりに県庁。

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前にステイ先の家族とその友達にサモラのお祭りに連れて行ってもらったときに撮ったもの。暗いけど私が写ってます。笑

 

さてさて、話は変わって、今日はカルロスという人物について。

市役所の同僚にカルロスという人がいます。彼は私の部署の向かいの部屋にいるので、よく会うし、仕事してるのかと思いきや、だいたいはyoutubeを見ていることが多いので、用事がなくても行って挨拶したり話したりすることができます。市役所の中には日本語の挨拶を知ろうとしてくれて、がんばって一言二言覚えて、会うと使ってくれる人が数人いますが、彼もその一人。でもレベルはこの数人のうちでは最上級。例えば、「おはよう」と「ありがとう」は「おはようございます」「ありがとうございます」を使ってくれます。「ございます」という言い回しを見ないでスラスラ言える人は今のところ、このカルロスだけです。スペイン語で朝の挨拶をして少し話した後の去り際はだいたい「Que tenga un buen día!」(良い一日を)という決めゼリフがありますが、それも私が前に教えて今ではスラスラと「どうぞ良い一日を」と使いこなします。もちろん使える場面は私とだけですが。
今日朝、道を歩いていたら、カルロスが道の反対側に。「あ!」と思い、彼ならきっと聞き分けてくれるだろうという想定で、少し大きめの声で「おはようございます」と向こう側に向かって叫ぶと、予想通り、パッと反応。任地で叫んだ日本語が通じました。「よし!」と心の中でガッツポーズ。これだけでうれしくなる、任地ではそんな日常です。同じ部署の同僚たちとカルロス。

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もちろん上記の例はまったく日本語を知らなかった人、特に日本語にすごい思い入れがある人ではない場合で、一人例外はいます。それはステイ先の孫の一人、14歳のDavid。これまでも何回かブログにも書いていますが、彼はひらがなとカタカナは書けるし、読めるし、挨拶もできます。今漢字を勉強してるそうだけど、やっぱり数が多いし、難しいみたい。彼は5人兄弟の4番目。上の3人のお兄ちゃんは大学生、末っ子は今度小学生。お兄ちゃんたちは勉強できる風だったので勝手に彼もそうなんだろうなと思っていたら、そうじゃなく末っ子はまだこれからだけど、Davidだけはいつも試験を落として補習を受けているとのことでした。でも会うと私に「これから日本語の勉強するよ」とか「ギター弾きたい」とか言って日本語は積極的に勉強してるから、おもしろいです。この前、「今年はエクアドルと日本が外交関係100周年だからそのお祭りがキトであるんだよ」(←スペイン語で)という話をしたら、彼から「ホントに~?」(←日本語で)と返ってきました。自然に出ている感じがやはり勉強してるんだなと感じさせます。彼はギターを弾いて、歌も歌いますが、音楽と日本のすべてのことに魅了されている、そんなアーティスティックなかんじです。今から「僕はいつか日本に行って日本で働くんだ」と言っている姿は、キラキラしていて素直でいいな~と思います。いつか実現するといいね。

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Davidの家族(女性がステイ先の長女で5人息子です。水色のシャツを着ているお父さんの前にしゃがんでいるのが日本大好きボーイのDavid。)

ここまでの話とはまったく対照的な話ですが、最近のニュース。家の斜め前にステイ先の次女の嫁ぎ先のお家があります。ここの次男とステイ先の娘は夫婦ですが、この旦那さんのおじいさんが先日亡くなりました。このおじいさんは90歳くらいで、アルツハイマー病を患っていましたが、体は元気で、上品にいつも家の周りを犬とお散歩していました。この前の土日、私がロハに出かけていて、日曜の夜にステイ先に戻ると、なんだか家の前に大きなテントが。家の中からはまぶしいくらいの真っ白なライトが照らされています。このように家の前に大きなテントを出して、椅子を並べて、何人か訪問客がポツポツと座り、真っ白いライト。これがここではお葬式の目印。お葬式を出している様子は何回か見たことがあるので、「あ、誰か亡くなったんだ」ということがすぐわかりましたが、ここのお家で亡くなると言ったら、その90歳のおじいさんだろうか?でも元気そうだったし、この前も歩いてたからな~、誰だろう…と思いつつ家に帰り、ステイ先の家族に聞くとやはりそのおじいさんとのこと。私自身も少し信じられないといったかんじで驚きました。私でもこうだから、きっと家族にとっては相当な衝撃だったと思います。

ここではひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんまで生きていることが珍しくありません。今回亡くなったおじいさんも多くのひ孫たちがいました。おそらく一番はみんな若くして子どもを産んでいるからかなとも思いますが、割とエクアドルの人たちもみんな長生きです。現に今回亡くなったおじいちゃんも90歳前後だし、ステイ先のお母さんのお母さんも90歳くらいだけど、元気です。日本と同じで、エクアドルも昔と比較したら今はかなり食べ物も良くなっているのだとは思いますが、もともとの食習慣が日本に比べたらお砂糖も油も摂るし、野菜をあまり食べないし、そういう食生活の中でも日本に引けを取らないくらいの人生をみんな生きていると思うと、総じてエクアドルの人たちはもともとの基礎体力が強いというか、いろいろな意味で生きる力が強いと思います。あとはなんだろう…対人関係のストレスとかも日本人に比べたらほぼないと思うので、そういう点ももしかすると関係しているかもしれません。


先週はおおむね部署内で中間報告会用の発表準備をしつつ、最終処分場に行って栽培作業。この前はトウモロコシ、そして数日前はカカオを。私が処分場で栽培作業をしようと言い出した時期と2代目のカウンターパート・マヌエルが処分場の責任者になった時期がちょうど重なり、彼は農業大好きなので、今のところ協力して作業ができています。カカオの植え方もわかりやすく教えてくれて、私はエクアドルでカカオを植えれるようになりました。

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処分場で働く同僚・Mateo(マテオ)。生まれたばかりの小鳥を見せに来てくれる。

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バッタも見せに来てくれる。

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処分場で働く何人かの仲間とエクアドル日本祭りの一環で必要だったので撮ってもらいました。

そしてそして、1週間後、ついに8月26日がエクアドルを日本外交樹立100周年記念日です。エクアドル時間25日26日の土日昼間にDavidにも話したように、キトで100周年を祝うエクアドル×日本の大きなお祭りが行われます。それにあわせて今回の私たちの中間報告会も設定され、報告会翌日から私達ボランティアも公務の一環でお祭りの運営のお手伝いをします。楽器も演奏できる場があるとかで、一応そちらもみんなで準備中。日本からさだまさしさんも来ます。またその様子は中間報告会とあわせて。
果たしてどんなかんじになるのか、たのしみです。まずは中間報告を乗り越えられるよう、がんばります。

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ステイ先の飼っている猫にこの前子どもが産まれました。お母さんと同じ模様。