カルナバル2018

2月10日から13日までエクアドルではカルナバルが開催されていました。国全体がカルナバルモード。それぞれの都市ごとに街をあげて開催されます。

エクアドルのカルナバルはとにかく濡れまくります。ということで私も濡れまくりました。

エクアドルは雨季で、熱帯気候の任地でも昼間でも雨が降るとけっこう涼しかったりもします。カルナバル期間中は昼間は晴れていたので、日差しも照っていましたが、水を全身掛けられると、それでも冷たいし、だんだん寒くなります。「冷たい、寒い」はスペイン語で「frío」(フリオ)というのですが、でも会話の中で「寒い!」と言う時は、現地語を使うことが多いです。エクアドルの山間部シエラでは日常的に話されている現地語ですが、任地では特定の言葉に対してのみ使います。ケチュア語で「寒い」は「chachai」(チャチャイ)と言います。水を掛けられたらみんな「チャチャイ!」と叫んでいました。もちろん私も。

私のカルナバルは、10日は昼間街を歩いていたら偶然遭遇した市役所の同僚に彼の畑に連れて行ってもらったりして、特に家族もカルナバルには繰り出さなかったため、この日は家でゆっくり。11日から家族は濡れるモードに入りました。家でも子供を交えて水を掛け合ったりして、この日は夕方から夜にかけて隣町のサモラで行われているカルナバルに、12日は家族の中のパティという長女の旦那さん家族が集まっていて、パティのおうちでBBQ、13日最終日に任地ヤンササのカルナバルに家族と参加という流れでした。

パティのおうちで水掛け放題。BBQもおいしかった。

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任地の中の地域にchicaña(チカーニャ)と呼ばれる地域があります。任地の中ではまぁまぁ田舎のほうです。家からは車で15分くらいのところ。任地にはサモラ川という大きな川が流れていますが、ここにはサモラ川につながる川沿いの大きな広場があって、ここが任地のカルナバルのメイン会場。その名も「chicaña caliente 2018」。Chicañaは前述のとおり地域の名前、caliente(カリエンテ)はスペイン語で「熱い、暖かい」という意味です。おそらく気温も暑い、人々が盛り上がっている、南米人の情熱などをこのcalienteに掛けて名付けられた模様。川にもジャブジャブ入って、ステイ先の子どもたちと遊びました。野外フェスのようなかんじで常に音楽が演奏されているので、それでみんなで踊って、お酒飲んでというかんじです。横のほうでは、バレーボールとかのスポーツ大会も開催されていました。

水ももちろん掛けられるのですが、それ以外には泡スプレーとか、色のついた粉とかも掛けられます。幸い卵は飛んでこなかったのでよかったです。

水遊びしたい盛りの子どもたちにとっては最高のイベントです。特に泡スプレーは子供たちにも大人気。もちろん川に浸かっていたのもあり、少し濡れるとかではなくほんとにずぶ濡れ。水を掛けられるときは頭から、時々うしろからシャツの中にも注がれます。個人的に参加するまでは楽しめるかかなり不安でしたが、体験してみて私はとてもたのしかったです。1年に1回くらいなら、これだけずぶ濡れになるカルナバルを楽しみにできるなというかんじでした。

 会場ではずぶ濡れになるので、カメラや携帯を置いていっていたため、私が撮ったものではないのですが、少しでも雰囲気が伝われば。

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さて、最近思っていること。これまでは、「エクアドル人」の性格、考え方など、国全体の人間像として捉えるようにしていたところがあったけど、最近は「エクアドル人」という風に捉えるのをやめました。もちろん基本的な部分で違うところはたくさんあるけど、それでもみんなそれぞれいろいろな性格を持っているので、私と分かり合える人もいれば、そうでない人もいます。この先またどうなるかわからないけど、私はみんなと仲良くしたいというスタンスは忘れずに、みんなと友好的に接しているつもりですが、それでも向こうがこの私のスタンスに応じたくないのであれば、いったんしょうがないなと置いておくことにしました。日本人でもいろいろな性格の人がいるように、エクアドル人にもいろいろな性格の人がいるんだろうなということです。考えるとすごく当たり前なことなのですが、最近はこう考えて、私はマイペースに私と友好的に接してくれる人と関係性を築いていけたらいいなと思います。あとは、日本人と考え方が違うのは当たり前だし、違う文化を持っているので、ふだんは彼らの持つ異文化を楽しみながら、私らしく自分は自分でやっていきます。